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 竜神に近い黒竜ならば、野性の竜に命じて、カミラやジーク、ロレンスを乗せることも可能だ。先頭に立ち、簡単な陣形を維持して飛ぶよう指示することも可能である。

 竜を使わずハディスを護送するはずだというロレンスの読みは当たっていた。巻きこめば面倒になると懸念していたフェイリス王女は、既に別ルートで帝都に運ばれているだろうということも。


(でもいくら竜を使えても、兵が圧倒的に足らない。偽天剣にかなう術もない)


 時間勝負だ。


「いいですか、俺達の目的は皇帝の身柄の確保です! 勝っているのは機動力だけ、帝都から応援がきたら押し負けます」


 ハディスの護送団の道程候補をいくつかあげ、ここまで導いたロレンスが叫ぶ。


「リステアード殿下の騎士団は兵を引きつけて足止めを! その間に、俺達は皇帝を救出します。離脱は黒竜からの合図で。あとは各自、健闘を祈ります!」


 その叫びを最後に、下から矢が飛んできた。だが、リステアードの騎士団はさすがだ。ブリュンヒルデを含むどの竜も身をひねり、撃ち落とされぬように火を吐き、旋回する。

 護送団に真っ先に追いついたジルは、眼下を見て黒竜に指示を出す。


「あのいちばん大きい馬車だ、黒竜!」

「了解した!」


 炎を吐いて兵を蹴散らした黒竜が、まっすぐに大きな馬車へと向かう。

 そこへあろうことか馬車の屋根を蹴って飛んできた人物がいた。


「エリンツィア殿下っ……!」

「なんとなく生きていると思っていたよ、ジル」


 ぶつかった剣の勢いに押されて、地上に降り立った黒竜の背中から転がり落ちる。


「わたしはいい、黒竜は陛下を!」

「わかっているが、強力な魔術がかかっている! おそらく女神の――破壊するにも時間がかかる!」

「カミラさん、ジークさん! 俺達は黒竜の護衛です! 兵を近づけさせないで!」


 ロレンスがすぐさま的確な指示を飛ばしてくれる。だがエリンツィアに焦った様子はなかった。ジルは冷静に、エリンツィアから距離を取って着地し、抜いた剣を向ける。

 もちろん魔力は万全ではない。黒竜と戦った傷もまだ癒えてない。それでも。


「――そこをどいてください、エリンツィア殿下」

「どくわけにはいかない。……私の家族、私の弟妹たちのために」


 眉をひそめたジルに、エリンツィアは綺麗に笑う。

 つい見惚れたその一瞬、ものすごい速度で真正面から剣戟が撃ち込まれた。


「……ッ!」

「魔力が封じられていてこれを受け止めるか。確かに君は、危険人物のようだ」


 がんと下から振りあげられた二撃目で、剣の刃身が欠けた。距離を取ろうとしてもすぐ詰められる。突き出されたエリンツィアの剣先をよけると、頬に朱が走った。


(強い!)


 なめていたわけではないが、直接剣をかわしたことがなかったせいで目算を誤った。魔力がまだ半分も戻ってきていない今の状態で、どこまで太刀打ちできるか。


「引くんだ、ジル。引けば追いはしない! ハディスの命は私が助けてみせる!」

「それならどうして裏切った!」


 勝手な言い分に腹が立って、鍔迫り合いをしたまま怒鳴りつける。押されていても気合いで負けてはだめだ。


「陛下を助けたいならなぜ陛下を偽帝として扱う!」


 押しているはずのエリンツィアが傷つけられたように顔をゆがめた。だが力はゆるまず、弾き飛ばされたジルは岩に激突して沈む。そこにまっすぐエリンツィアの剣先が向かってきた。

 目をそらさないジルの前で、その剣先が弾かれた。


「僕にも話を聞かせてもらいたい、姉上」


 両先端に矢尻が光る槍を回転させて、リステアードがかまえる。エリンツィアが剣を少しさげた。


「リステアード……」

「なぜハディスを裏切った。あなたが最初、中立を保とうとしたのは理解している。だが、情の深い方だ。半分でも血のつながった兄弟を、家族を、見捨てられない方だ。だからこそ僕はあなたを信頼し、味方にすべきだと考えた。……それが間違いだったと思いたくない」


 いや、とひとこと言い置いてリステアードは叫ぶ。


「今でも間違いだと思っていない!」


 対するエリンツィアは冷静だった。一呼吸置いて、姿勢を正す。


「だったらリステアード、お前も私につけ」

「僕はハディスを竜帝だと認めた! それに背くのは僕の生き方に背くことだ!」

「妹の命がかかっていてもか!?」


 エリンツィアの叫びに、リステアードが怒鳴り返す。


「それは言ってはならない言葉だ、見損なったぞ、姉上!」

「ちがっ……」


 否定しようとしたエリンツィアが最初に気づいた。ジルが動くより先に、リステアードもジルも抱いて地面に伏せさせる。

 その上を、ものすごい魔力が奔っていった。


「何をもたついている、エリンツィア」

「叔父上……」


 重たい鎧の音を鳴らして、ゲオルグが偽物の天剣を振るう。

 その背後、遠くに軍旗が見える。ずらりと並んでこちらへ向かってくるのは、帝国軍だ。


(陛下の救出はまだか!?)


 リステアードの部下達も遠くで囲まれている。そのせいで竜達も攻撃しあぐねているようで、膠着状態に陥っているのが見て取れた。

 起き上がったエリンツィアが焦ったようにゲオルグに叫ぶ。


「リステアードは私が説得します! ですからここは私にまかせて叔父上はお待ちください」

「どう見ても、説得されるような顔ではないが」

「叔父上、ちょうどいい。姉上では話にならない」


 かばおうとするエリンツィアの肩を押しのけ、リステアードが立ちあがり前に出る。


「ハディスは竜帝だ。それは覆しようがない。姉上に何を吹きこんだか知らないが、こんな無益な争いはやめてもらいたい!」

「ハディスが皇帝にふさわしいと?」

「罪もない村に焼き討ちなどしかけるあなたよりはましだ!」

「しかたなかった」


 平然と放たれたそのひとことに、ジルは地面に指を食い込ませる。エリンツィアは唇を噛み、リステアードは激昂した。


「ラーヴェ皇族とは思えぬその言い様! 叔父上、断言する。あなたはラーヴェ皇族にすらふさわしくない!」

「リステアード!」


 エリンツィアの制止を振り切って、リステアードがゲオルグに飛びかかる。だが一撃で吹き飛ばされて戻ってきた。


「リステアード殿下……!」

「くそ、あの天剣、本当に偽物なのか……!?」

「偽物です。でも、威力は本物ですから、無理をしてはだめです……!」


 女神の聖槍でできているのであれば、威力は神器並みだ。決して侮れない。

 エリンツィアがふたたびジルとリステアードの前に立ち、声を張り上げる。


「叔父上! 私が説得します、ですからこの場は私にお任せを」

「お前は甘い、エリンツィア。ハディスの護送が遅れたのも、お前の悪知恵だろう。途中で逃がそうとでも考えたか? 本来ならとっくに到着している予定だからな。それで敵から奇襲を受け、このザマだ」

「それは……」

「リステアード。お前は先ほど、私をラーヴェ皇族ではないと言ったな。では、お前はどうだ」


 一歩前に出たゲオルグに、リステアードが眉をひそめる。


「意味がわかりませんが」

「エリンツィアも知らなかった。それより年下のお前が知らずとも無理はない。ハディス本人でさえ気づいていないはずだ。……ハディスの母親について」

「まさか今更、平民で踊り子だったからハディスが皇帝にふさわしくないとでも?」

「あの女はな、ヴィッセルを生んだあと、護衛だった男と恋仲になっていた。皇帝――兄上の渡りがないのをいいことにだ。頭も悪かったのだろう。それがこんな事態を招いたのだ」


 何が言いたいのだろう。

 突然始まったわけのわからない話に、リステアードだけではなくジルもまばたく。エリンツィアが青い顔で叫んだ。


「叔父上! リステアードに聞かせなくとも」

「いいや、知っておくべきだ。これはラーヴェ皇族全体の危機なのだから」

「……どういう、ことですか。何があなたは言いたい!」

「ハディスは兄上の子ではない」


 それは息が止まるような瞬間だった。

 どこかゆがんだ目で、焦点の合わない瞳で、ゲオルグが笑う。


「わかるか、リステアード。その意味が」


 ゆっくりジルは唾を飲みこんだ。ゲオルグが意味することと一緒に。


(陛下は竜帝だ。間違いなくラーヴェ皇族だ。つまり前皇帝は――今のラーヴェ皇族、は……)


 ジルより早くその事実に行き着いたリステアードの膝が崩れ落ちる。エリンツィアは拳を握ったままこらえるように両目を閉じていた。


「我々はハディスを皇帝とは認めることはできない」


 ラーヴェ皇族とされている自分達とまったく血のつながらない、竜帝。それを認めることはすなわち――。


「奴だけは竜帝であってはならないからだ」


 今のラーヴェ皇族が、竜神ラーヴェの末裔ではないと認めることと同義なのだ。




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― 新着の感想 ―
ゴミ共が保身の為に裏切っただけなのにほんま何様気取りやねん
踊り子の浮気相手の男こそが真のラーヴェの末裔で、それ以外の皇族は皆過去に皇族の浮気から産まれ皇族の地位を奪った平民の末裔 ということか 結局この叔父(他ハディスを認めない奴ら)は自分達こそラーヴェの…
[良い点] とても面白いです。 [気になる点] もしかしたらご先祖さまは、女神が執着する龍帝そのものを危険視して(存在しない方が女神に狙われないので国は安泰)、皇位継承権を簒奪したのかもしれない、と邪…
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