表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/467

36

 夜空を飛ぶ竜の数は三頭、それらが綺麗に三角形を作りカミラ達がやってきた方角へと飛んでいく。ノイトラールの城塞都市へ向かっているのだろうか。竜の移動速度なら翌朝にはつく。

 立ちあがろうとしたジークを、ロレンスが目線で制した。


「静かに。今は騒がなくてもいいです。どうせノイトラールに戻っても間に合わないんですから、明日、きちんと皆さんに報告しましょう」

「……お前、あれが何かわかってるのか」

「いいえ。でもノイトラールは大丈夫ですよ。フェイリス王女がいる限り、あれがどこの何だろうとひどい攻め方はできない。だから俺は王女を置いてきたんです。あまり竜妃殿下に借りを作りたくなかったので――いずれ、俺達は敵対するんでしょうから」


 カミラが表情を改める。ジークはなんとも言えない顔で後頭部をかいていた。

 ロレンスはロレンスで、こちらの反応などどうでもいいのか、がりがりと枝の先で地面をえぐっている。


「それに飛んでいたのは分隊以下の数です。伝令か、斥候……いや、別の可能性を考えたほうがいい……となるとやっぱり……ここか」


 ひとりごちて、ロレンスが地面に書き上げた地図の一点をさす。


「何かあったときの合流地点はここがベストです。ひとが近づかない竜の巣が近くにある。少なくとも俺はここに逃げます」

「……マジか」

「マジですよ。囲まれる可能性はありますが、竜を刺激しないために大がかりには攻めてこられない。ひとまずの逃げ場としては最適です。念のために共有しておいてください。俺が言ってもあやしまれるでしょうから」


 合流地点から少し東、よりルキア山脈に近い場所を、枝の先で示す。


「竜帝や竜妃が逃げてくるなら、なおさら安全かもしれません。俺はあまり神話を信じてませんが、女神の加護も竜神の加護も実在するらしいので、神頼みも悪くない」

「……その言い方、この先は罠だとお前は思ってるようだが、お前自身はどうなるんだ? 所詮は下っ端だろう」


 切り捨てられるのも犠牲になるのもまず下っ端だと、カミラもジークもよく知っている。それこそベイルブルグでジルに出会わなければ、カミラ達は今頃、故郷を捨てていたかもしれない。

 ロレンスはきょとんとしたあと苦笑いを浮かべた。


「優しいですね。でも平気ですよ。魔力の低い俺はクレイトスでは落ちこぼれです。危険な仕事をこなして成果をあげなければ、出世は見込めない。だからそう警戒しないでください。あなたがたを助けるのは俺の利になると判断したからです。俺の今後のために、ここはあなたたちに勝ってもらう」

「その言い方だと、勝ったあとが怖いわね」

「だがまず勝たなきゃならんだろう。俺達はまだ給料ももらってないんだぞ」


 苦々しい顔のジークに、ロレンスは噴き出した。


「それは深刻な問題ですね。……もったいないな。彼女はここだと後ろ盾がない。たとえジェラルド王子と結婚せずとも、クレイトスにいれば軍神と崇められたかもしれないのに」


 その姿は容易に想像できた。でも、カミラはくまのぬいぐるみが見張る天幕を見る。


「それがジルちゃんの幸せかは、別問題でしょう」

「竜妃殿下に入れ込んでらっしゃいますね」

「それはお前も同じだろうに」

「わかります? でも気になるでしょう。どうして彼女がここにいるのか。あと、いったいあの皇帝のどこがそんなにいいのか」

「それ、考えずに受け止めたほうがいいやつよぉ。深みにはまるから」


 心の底から忠告すると、意外と幼い顔になったロレンスは神妙に頷いた。


「気をつけます。考えたところで、竜妃殿下があの皇帝を見捨ててクレイトスに戻ってくるとは思えませんし……あなたたちも竜妃殿下についていくでしょうから」

「俺は隊長のこと抜きに、あの皇帝も見捨てたくないと思ってるがな」


 ロレンスが意外そうにまばたいた。ジークは焚き火をじっと見つめて口を動かす。


「少し前に、隊長を守るためなら自分を突き出せって言われたんだよ。平気な顔でな。腹が立つだろ」


 さすがにカミラも顔をしかめる。ロレンスが淡々と応じた。


「竜妃殿下を守るためには有効な手ですからね。……なるほど、平気でそう言えてしまうところを放っておけないのかな、彼女は……」


 それきり何を言うわけでもなく、ぱきりと音を立てて燃える火を三人で囲んでいた。

 やがて持っていた枝を焚き火に放り投げ、ロレンスが立ちあがる。


「順調にいけば明日の夕方、引き渡し場所に着きます。俺はもう寝ますね。あなたがたもあまり無理はなさらず」

「ありがと。おやすみなさい」

「また明日な」


 ジークとカミラに見送られて、ロレンスが自分の天幕へと入っていく。そろえた両膝に両肘を立てて、組んだ手の甲の上に顎をのせたカミラは、隣のジークに言った。


「いい子よねぇ。やになっちゃう。今のうちに始末しちゃいたくなる自分が」

「やめとけ。向こうもそう思ってるだろうからな」


 あっさり言うジークの頭を、なんとなくという理由ではたいておく。何かぎゃんぎゃん怒鳴られたがすべて無視して、もう一度くまのぬいぐるみが鎮座する天幕を見た。

 もしロレンスの言うとおり、明日合流できるとして、懸念どおり罠があるとしたら、直接的な危機に陥らなかったこれまでと状況は一変するだろう。

 だからせめて、今夜くらいはゆっくり休んでくれればいいと思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ