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 竜騎士団の兵舎にある厨房に入ってくるなり、いきなり異母兄が言った。


「反対するのをやめた」


 意図がわからず、ハディスは首をかしげる。リステアードはハディスの格好を見て苦々しい顔をしたが、それには言及せず続けた。


「あのジルとかいう子どもとの結婚をだ。僕は了承した覚えは一度もない」

「君は無駄が好きなんだな。了承しようがしまいが何も変わらないのに」


 素直な感想を述べると、リステアードが眉間のしわに指を当てて、しばし沈黙する。


「……言い方を間違えた。賛成することにする」


 作業する手を止めて、ハディスはリステアードを見る。正直、驚いた。


「本当に? どうして?」

「あの子はお前の面倒をよくみている。――正直、色々どうかとは思う、皇帝が十歳の子どもに面倒をみられてどうするんだとか! いやでも、この間のやり取りがそもそも、十歳と八歳とはとても思えなかったしな……」

「なんだか大変そうだな?」

「誰のせいだ! ……まあとにかく、賛成してやる。有り難く思えよ」

「どうして?」

「このッ……本当にわかってないのか!? あの子はクレイトス出身だ、後ろ盾がまったくないんだろう。お前の寵愛だけで生き抜けるほど帝室は生ぬるいところではない」

「ジルは勝ち抜くぞ、きっと」


 反論せず、ぐぬぬなどと唸っているのは、ジルの強靱さに対する評価だろう。

 だが、不安になるのはわかる。

 ハディスだって女神まがいの少女と婚約しろなどと言われたときは、どうしてくれようかと思った。正直、ここまで期待させておいてそんなふうに投げ出すなら、その細首を折ってしまおうかとさえ思った。

 でも早計だった。ジルはハディスの予想をこえる答えを出してくれた。


(さすが、僕のお嫁さん!)


 浮かれてんなー、などと失礼な声が内側から聞こえた。


『結果的にはよかったけどな……ほんと嬢ちゃんは俺の寿命縮めることばっかりする……』

「寿命なんてあるのか、神のくせに」

「おい、今、お前と話しているのは僕だ」


 軽く頭を小突かれて、意識を戻した。眉をしかめると、リステアードが真顔で言う。


「竜神ラーヴェ様としゃべれるというのが本当だろうが嘘だろうが、僕はかまわないが」

「別にどう思われようが僕はかまわない」

「最後まで話を聞け。人と話しているときにそういうのはやめろと僕は言いたいんだ。相手に失礼だろうが。どうしても加わらせたいなら、話が通じるようにきちんとお前が翻訳しろ」

「……ああ、うん。なるほど」


 ラーヴェも反論はないらしく静かになる。なぜか喜んでいるような気配すらあった。

 そうとは知らないリステアードは、眉をしかめてハディスを上から下まで眺める。


「あとはもう少し皇帝らしくする気があればいいんだがな。見てくれだけでも」

「今は僕が皇帝だとわからないほうがいいだろう」

「だからといって竜騎士団で料理長をやる皇帝がどこにいる! しかも竜妃は相変わらず竜騎士見習いとして働き回って……くっ我が国はここまで堕ちたか……!」


 ひとりで嘆くリステアードに、ハディスはきょとんとした。

 とりあえず形だけとはいえ協力体制が整ったわけだが、挙兵するにしても時間がいる。エリンツィアはゲオルグからの問い合わせを調査中と返して時間を稼ぐと同時に、焼き討ちに関して強く批判する声明を出した。そして、焼き討ちの対象になっている領地を持つ諸侯に警告と称して連絡をとりながら、物資と兵力を集める方向に舵を切っていた。

 この間にハディスがここにいることが知られたらまずい。だが、ハディスをあの隠れ家に帰すことにリステアードが大反対し、かといって姿を見られたら――ということで折衷案が出された。

 身分を隠して働くことになったのである。

 ちょうど竜騎士団の人数が増えたこと、焼き討ちされた村人を受け入れて炊き出しが必要だったことが幸いした。ここでもまたリステアードが大反対したが「陛下なら料理の腕で顔をごまかせるかもしれません!」というジルの謎の主張により、ハディスは瞬く間に顔並みにいい料理を作る料理人として周知された。炊き出しの手伝いから始まり、竜騎士団の厨房を長年預かってきた料理長に「お前にあとを任せて俺は引退する」などと言わしめ、あっという間に竜騎士団の食堂を仕切る料理長に昇進したのである。

 大きな鍋に入った本日のスープをかき混ぜながら、ハディスは厨房に来ては苦い顔になるリステアードに味見用の皿をわたした。


「おいしいと思う」

「知っている、絶望的なまでに思い知った! 今日の昼食はなんだと食堂があくのをわくわく皆待っているぞ、よかったな!」

「なら何が不満なんだ」

「……。別に。お前がそんなに料理好きだとは知らなかったというだけだ」

「そういうわけじゃない。ああ、料理するのは確かに好きだけど」


 ちらとこちらを見るリステアードが話の先を促しているのはわかったので、味見をしたハディスは鍋に蓋をして続ける。


「部屋でじっとしているだけだと、ジルが疑うかもしれない」

「……は? 何を」

「浮気。ここで僕がちゃんとこうして働いてる、人目もあるってことがわかってれば、ジルは浮気を疑ったりしないだろう? 体の弱いクレイトスの王女様がここまでくるわけがない」

「……それは、そう、だが」

「ジルを不安がらせたくない。……だって、ほら、その、この間のあれ。あれって……つまりや、やき、やきもち、ジルが」

「水だ飲め」


 心拍数があやしくなってきたところへ、半眼のリステアードがコップを差し出してくれた。

 一口飲んで深呼吸をすると、リステアードは大袈裟に肩をすくめた。


「よくわかった。……いや、わかってきた、というべきだな。そろそろ僕は仕事に戻る」


 リステアードは自分の竜騎士団を合同訓練の名目で呼びつけ、忙しくなってきた騎士団全体の統括をとっている。

 もし本格的に争いが始まれば、リステアードは先鋒になって竜騎士団を率いるだろう。ふとそれに気づいて、ハディスは手を止め、下の戸棚をまさぐった。


「これ」


 ジルにあげるつもりだったクッキーだ。チョコチップにナッツ、ジャムをはさんだものなどが何種類か入っている。差し出されたリステアードはまばたいて、受け取った。


「いただいておこう。妹がいれば喜ぶんだが」

「……そ、そうか。甘い物、好きなのか。でも……」


 脅えたようなこちらを見る目を思い出して、ハディスは口をつぐむ。早々に袋をあけたリステアードは、クッキーをひとつ目の前でかじった。


「怖がりなんだ、フリーダは」


 フリーダというのは、帝都にいるリステアードの実妹の名前だ。確かまだ七歳くらいである。


「別にお前じゃなくても、初対面の人間には大概脅えて隠れてしまう」

「そ……そう、なのか」

「しかも初見が父上との謁見だろう。フリーダだけではなく僕達より年下の弟妹に、あれを見て怖がるなというのは無理な話だ。兄なんだから、しかたがないと流してやれ」


 しかたがないというなら、ずっとそう思ってきた。けれどリステアードの言う「しかたがない」は、意味が違う気がする。


(ああそうか。僕が化け物だからじゃなくて、兄だから)


 だから、しかたがない。嘲笑も何もなく、すとんと胸に落ちた言葉が、そのまま口に出た。


「そうか。それなら――しかたないな」

「ああ、ここにいたのか。朗報だ、ハディスにリステアード!」


 仕込み中の厨房に今度はエリンツィアまで顔を出した。リステアードが嘆息する。


「ラーヴェ皇族がそろって騎士団の厨房で会合か。どんな状況だ」

「お前、それはハディスの手作りか。いいものを持っているじゃないか。私にもよこせ」

「言う前から取っているじゃないですか、姉上」

「こういうのは皆で食べるものだ。ほら、ハディスも」


 自分で作ったクッキーを一枚渡されたハディスは、不思議になる。今、じゃれ合う姉兄の中に自分がいるのだ。


「それで、何が朗報なんです?」

「ヴィッセルと連絡がついた」


 実兄の名前にハディスが顔を向けると、エリンツィアが力強く頷く。


「お前を心配してる。今も叔父上を説得する方向で動いてくれてるそうだ。もしそれが不可能なら、せめて情報を流してくれると。リステアード、フリーダは無事だぞ」


 両眼を開いたリステアードも、やはり心配だったのだろう。いつも気難しくすました顔が、柔らかくなる。


「そうですか。怖がっていないといいが……他の弟妹や、母上は」

「皇族は全員、無事だ。外部との接触や外出は禁じられているが、ヴィッセルが叔父上から監視をまかされているらしい。連絡もとれるかもしれない。とはいえ、無理にとる理由はないが」

「もしこちらと接触していることが知られて、何かあっても助けにいけない」


 ハディスの言葉に、エリンツィアは頷いた。


「そうだ。あとは水面下で準備をし、一気に決着をつける。ヴィッセルもそういう方向で動いてくれる。それでいいな、ふたりとも」

「僕はヴィッセルを頼るのには反対だ」


 ハディスが頷く前に、リステアードがはっきり言い切った。いらだたしげにぼりぼりクッキーを食べている。


「僕はハディスと同じくらい、いや、ハディス以上にヴィッセルは気に食わない」

「お前、まさか自分が皇太子になるべきだとここで主張する気か?」

「身分的にいえばそれが順当だ! それに……いや」


 なぜかリステアードはハディスを見てから、ふんとそっぽを向いた。


「まあ、非常事態だ。使えるものはなんでも使うべきだが」

「素直に協力すると言えばいいものを。ハディスも、いいな」


 こくりと頷くと、エリンツィアはそうかと笑ってばんばん背中を叩いてきた。痛かったけれど少しも不快ではない。なんだかほわほわするくらいだ。


(このままでいられたらいいな)


 うん、とラーヴェが頷き返す。女神と同じ色の自分が腹の底でそう簡単にいくわけがないだろうと嗤っているけれど、今だけは何も否定したくなかった。


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