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各自乗り慣れた竜がいいということで、エリンツィアとリステアードは自分達の持ち竜に乗ってあとをついてきた。
ジルはというと、赤竜のうしろからおずおず顔を出した緑竜にハディスと一緒に乗っていた。だが竜帝を乗せた竜は、他の竜を差し置いて、颯爽と先頭を飛んでいる。赤竜であるローザとブリュンヒルデも追い越そうとしない。
きっとエリンツィアやリステアードがハディスを竜帝だと確信しているのは、こういう光景を幾度となく見てきたからだろうなと思った。
「焼き討ちは陛下のせいじゃないですからね」
竜に乗って数分、黙ったままのハディスにそう言うと、じっと前を見ているだけだったハディスがまばたきを返した。それからすぐに、首を横に振る。
「わかってる。僕を隠すならこうするぞという、周囲への脅しだ。僕に味方を与えず、積極的に居場所を割り出すための常套手段だ。……いずれはやるだろうと思っていた」
「それでも陛下のせいじゃ」
「違うんだ。考えていた。君がさっき、姉上に言ってくれたこと」
さっきと考えて、エリンツィアを脅しつけたことを思い出す。
「す、すみません……勝手なことをしました。しかも、陛下のお姉さんを脅して……」
後悔はしていないが、ちょっと不安になった。今更だが――本当に今更だが、なんでも力に訴える乱暴な女の子だとハディスに呆れられていたらどうしよう。
「あの、でも、わたし、陛下が止めたら止まるつもりでしたから!」
「知ってるよ。君にあんな真似をさせたのは僕だ」
ハディスが手綱を放してジルの頭をなでる。それでも竜はまっすぐに飛んでいく。
「だからそうじゃなくて……君の僕はそんなに弱くないって、言ってただろう」
「? はい」
それがどうかしたかと、ジルは首を持ちあげてハディスの顔を見る。
「姉上たちには姉上たちの事情がある。それは個人の感情だけですむ問題じゃない。しがらみが多すぎる。そりゃ、仲良くはしたいけど……うしろから刺されるっていうのは、嫌みじゃなくて、本当にただの現実だ」
思考を整理するようにゆっくりハディスが話すので、ジルはじっと耳を傾けた。
「でも、他でもない君が言うなら、僕はそれでも仲良くできるんじゃないかと思って。……どう思う?」
意見を求められて、なんだか恥ずかしくなった。でも無責任なことは言えない。
「みんなと仲良くなれるかどうかは、わかりません。陛下のおっしゃるとおり、自分のことだけではなく、相手のこともありますので」
「うん。……そうだな。僕、なんかこう、常に遠巻きにされがちだし……」
「でも、もしだめだったら、わたしが陛下の頭をなでてあげます」
少しつらい体勢になるが、手をのばして、ハディスの頭のてっぺんを撫で返した。頭をさげたハディスが、小さく笑う。
「なぐさめるのが早くないか?」
「これは激励です。簡単に負けないでくださいね、わたしの陛下なんだから」
期待と信頼をこめて告げると、ハディスは笑ったようだった。
「……ひとに好かれたり必要とされるって、怖いことなんだな」
「散々わたしに、好きになってくれって言ってたじゃないですか。なのに今更怖じ気づくのはなしですよ」
「――うん、そうだな。……あそこだ」
ハディスが目を向けた先は、まだ炎があがり、赤く燃えていた。
斜めうしろについていたリステアードが叫ぶ。
「僕は北側から救助にあたる、姉上は消火の指示を!」
「消火は僕がする。――ラーヴェ、力を貸せ」
今も内側にいるだろう竜神を呼んだハディスが、ぽんと乗っている緑竜の首を叩いた。
「竜神の代打だ。頼んだよ」
がっと緑竜が口をあけた。まさかと思った瞬間に、上空から村を燃やす炎目がけて青い火を吐き出す。リステアードが真っ青になった。
「お前、何を!」
「違います、これ――水の、炎……!?」
声をあげたジルの言葉を証明するように、竜の口から吐き出された水色の炎が村に残った火を消していく。雨のように降り注ぐ水の炎が、赤い魔物のような炎を鎮めていく。
呆然と眼下の光景を眺めて、リステアードがつぶやく。
「竜が……水の炎を吐くなんて……」
「竜神の力か」
エリンツィアたちの言葉を否定も肯定もせず、ハディスは村から火が消えるまで、上空を旋回して回った。




