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「えっ……な、何をまた、突然言い出すんだ」

「不安にさせてしまい、申し訳ございませんでした。それとも撤回は不可能でしょうか」

「だが君は、本気ではなかったんだろう?」


 困惑しているハディスを、ジルはきっと見あげた。


「これから本気にすればいいのです。ケーキにくらべれば些細なことです」

「や……やめてくれ。またそうやって、僕を惑わそうとするのは」

「わたしに二言はない!」


 胸をはったジルに、ハディスが大きく両眼を見開いた。


「信じてください。あなたを必ず更生――いえ、しあわせにします。生涯をかけて」

「そ、それじゃあついにできるのか、僕にお嫁さんが……? ラーヴェ、聞いたか!?」

「あー聞いてる聞いてる。お前もお嬢ちゃんもおかしいって話だろ。いいんじゃねえのー、なんだっけこういうの。割れ鍋に綴じ蓋?」

「あの、ですがわたしがまだこの年齢ですし、愛とか恋とかそういう生々しい関係は当分ナシで、形だけの夫婦関係をお願いできると……えっ!?」


 いきなり抱きあげられたと思ったら、ぐるぐる回されたあとに抱きしめられた。


「形だけでいい。ありがとう。大事にする、僕の紫水晶」


 心の底から喜んでいるとわかる声に、ジルの頬にもつい熱がこもる。だが、すぐにハディスははっとしてジルを離した。


「す、すまない。嬉しくてつい。まだお茶をしたばかりの関係だった」


 きりっとした顔で言われるとなんだか脱力してしまう。


(いやでも、形だけでもいいって……)


 ふと冷静になったジルの手をハディスが取った。


「正直、愛も恋もわからないが、僕が本気だということは示せる」


 何かと見あげると、唇を手に落とされる。ぎゃっととびのきかけたが、口づけられた左の薬指が輝きだして目を瞠った。ふわりと浮いた小さな光輪は純度の高い魔力だ。


「ラーヴェ、僕の妻に祝福を」

「はいよ」


 ラーヴェがジルの頭上をくるりとまわった。きらきらと、光の粒が降ってくる――と思ったら、先ほどの光輪が左手の薬指にするりとはめられ、金の指輪に変わる。


「これは……?」

「竜神の祝福を受けた正真正銘、竜帝の妻になる女性――竜妃の指輪だ。目印でもある」


 指輪はハディスと同じ、澄んだ金色だ。

 ジルは指輪をはずして眺めようとして、はずれないことに気づいた。


「……。あの、はずれないんですが……」

「そう簡単にはずれたら目印の意味がないじゃないか。結婚式を挙げるまで君は対外的には婚約者になるが、その指輪がある限り、これから先、何があろうと君は僕の妻。僕は君を死ぬまで守り抜こう」


 ハディスの言葉に嘘はなさそうだが、ジルは複雑な気分で指輪を眺めた。


(目印なぁ……特に害がないならいいが。本気だってことだし……)


 でも、今度は慎重にいこう。

 静かに胸の奥底で、ジルはそう決める。

 ふとしたときに酷薄な笑みを浮かべ、求婚を喜ぶくせに形だけの関係でよく、大事にする守ると言った口で恋も愛もわからないと言う。正直なのに、誠実ではない。

 つまりこの男は決して、ジルに恋をしているわけではないのだ。

 恋は目をくらませる。それをもうジルは知っている。なら、次に選んでいい男だと確信するまでは、好きにならないほうがいい。


(少なくとも、絶対、この男より先に恋には落ちない)


 遵守すべき攻略法として、それだけは決めた。失敗を次にいかすというのは、こういうことのはずだ。

 今度は恋心を利用されたりしない。

 唇を引き結んで金の指輪をなでていると、突然、頭上から爆音が響いた。


「なっ――」


 一度ではない。二度、三度だ。ぎしぎしと船が大きく左右にゆれ、ばらばらと天井からほこりが落ちてくる。


「これ……しゅ、襲撃ですか!? まさか……」


 早まった故郷の皆が、ジルが誘拐されたと追いかけてきたのではあるまいか。だがジルの頭からハディスの肩に乗り移ったラーヴェの見解は違った。


「ラーヴェ帝国に入ったとたん、これかぁ。船になんか探知するものでもしかけられてたんじゃねーの?」

「み、身内の犯行ということですか? まさか、ヴィッセル皇太子派の襲撃……」


 ラーヴェ帝国は皇帝のハディスとその兄・ヴィッセル皇太子の陣営で二分して政争が繰り広げられているのは、クレイトスでも有名な話だ。

 だが、ハディスの回答はジルの予想に反していた。


「兄上はそんなことはしないと思うが。……考える時間が無駄だな、見に行こう」


 まるで散歩に向かうようなハディスの声が聞こえた瞬間、視界が変わっていた。空と海の、真っ青な水平線が見える。甲板の上だ。

 真上に昇った太陽がまぶしい。

 ただの平和な空だ。だがジルは水平線の向こうに魔力を感知していた。


(――いち、にい、さん……大した人数じゃないが……)


 目を閉じて気配をさぐる。こちらに近づいているなら、魔力で目視できる範囲だろう――そうしてさぐった海の上に、複数の影を見つける。朝日を背にまっすぐこちらへ向かってくるのは、頭から口元まで隠す覆面じみた頭巾と、薄汚れた苔色の防護服を着た連中だった。金で雇われた傭兵達が好んでするような格好だ。正規の軍隊ではない。

 だが、竜を駆って空を飛んでくるということは、ラーヴェ帝国の人間だ。しかも綺麗に隊列を組んでいる。


(手練れだ。自力で飛べるほどの魔力持ちではないようだが)


 数分もあればここにたどり着くだろう。

 大きな的でしかないこの船を轟沈させるくらい、わけないに違いない。


「あの、こちらも応戦したほうがいいのでは。この船には何人――陛下?」


 ジルをかかえていたハディスが突然、片膝をついた。慌てて甲板におりたジルの前で、顔色を変えたハディスが、片手で口元を覆う。


「しまった……僕としたことが……っ」

「ど、どうしたのですか。まさか、何か攻撃を――」

「不用意に日の光をあびてしまった」


 は、とジルは声を失ったが、ハディスは両膝をついて、大真面目に続けた。


「今日は寝不足なのを忘れて……!」

「あーそういえばおめー、昨日は薬も時間通り飲まなかったしな」

「え、あの。ふざけてないで」


 叱咤しようとしたジルの目の前で、ハディスが血を吐いた。

 呆然とするジルの前で、ハディスが自らの血だまりに沈む。その指先が震えていた。


「僕はここまでだ……ラーヴェ、この子を港に」

「あいよー」

「え」

「大丈夫、心配しなくていい。僕は化け物だから、置いておけば……寝て、体力を回復すればいいだけだから……」

「え」


 すうっと息を引き取るようにハディスが目を閉じた。

 そのままがこんと変な音がして、船が動きを停める。


「え、……えええええーーーーーーーーーーーー!? ちょっ待てどういうことだ!?」


 思わずハディスの胸ぐらをつかんで、素で怒鳴りつけた。


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