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「いってらっしゃい」
「いってきます」
ハディスから頬に軽い口づけとお弁当の入った鞄をひとつ受け取って、ジルは石垣の前で待っているジークのところへ駆け出す。
ひよこなのは頭だけになってきたソテーが、コケッと鳴いた。なかなか賢いこのひよこもどきは、見送りにきてくれたらしい。
「ソテーは陛下の畑を食い荒らさないように! カミラは陛下をお願いします」
「はいはい」
「ジーク、街道まで競争です!」
「いいからさっさと走るぞ」
やる気のない生返事だが、山道を一直線に駆け下りるジルにジークはちゃんとついてくる。
勤務五日目、この山道にもだいぶ慣れてきた。小川は石伝いを飛んで渡り、城門へと続く街道に入ったところで速度を落とす。
「ジーク、わたしに遠慮せず追い抜いてもいいんですよ」
「そうはいかんだろ。俺はお前の騎士だ。にしても相変わらず元気だな、隊長は」
「だって今日のお昼ご飯は、デザートつきだって!」
街道をくるくる回りながら歩くジルに、ジークが胡乱な目になった。
「わざわざ危険を冒して竜騎士団の見習いになった理由を忘れてるんじゃないだろうな?」
「覚えてますよ、ちゃんと」
「ならいいが。いいか隊長、目立つなよ。いやもう遅いが、これ以上目立つなよ」
「そういうジークのほうが目立ってるでしょう。この間の新人の訓練試合、一位をとったんですから! わたしなんて準々決勝で負けてしまって、ふがいないです」
それで少々落ちこんでいたら、ハディスが収穫した苺でジル専用のジャムを作ると約束してくれた。今から楽しみでしかたない。
「そのナリで十位以内に入るだけでもおかしいと思ってくれ……そもそもベイルブルグじゃ俺は一度だって勝てたことがないんだ。悔しがるところか?」
「いくら魔力がないからって、新人同士の訓練で負ければショックですよ」
「向上心があるのは結構だが、新人といっても竜騎士団に入れただけあって傭兵経験者とかどこぞの騎士団にいたとか、手練れも多い。もちろんひよっこもいるにはいるが、それでも全員が隊長より年上、しかも全員男。隊長は最小年で、紅一点だ」
びっと鼻先に人差し指を突きつけられた。
「いいか。自分の立場を自覚しろ。団長は女でも竜騎士団は男社会、しかも見習いだらけとなりゃガキも多い。そろそろ見習いのネジも緩んでくる頃だ。俺も極力注意するが、女だってだけで馬鹿な悪戯をしかけてくるやつがいるかもしれん」
「馬鹿な悪戯って?」
「……それは……。カミラに聞いてくれ」
口にするのがはばかれたのだろう。そっと目をそらして逃げたジークに、ジルは笑う。
「大丈夫です、的確に急所を狙います」
「わかった、俺が悪かった。この話はやめだ。忠告のつもりだったが、皇帝に斬られそうな気がしてきた」
「陛下に? ジークはわたしを心配してくれただけでしょう。陛下が怒る理由がないです」
「それでもだ。男はそういうもんなんだって覚えとけ」
話はおしまいとばかりに頭を乱雑に撫でられた。ぐちゃぐちゃになってしまったので髪を手で整えながら、城門をふたりでくぐる。
賑わう朝市の光景にも慣れてきた。見知った顔もちらほらある。
「ジルちゃん、今日も頑張りなよ。ほら、この間の礼だ。兄さんも」
果物屋の店長が、ジルとジークに向けてリンゴを投げてくれた。街の見回りに出たとき、馬車に接触事故を起こされもめていたところを助け、店の片づけを手伝ったのだ。そのときからこうして挨拶する程度の間柄になっている。
おう、とジークがさっそくリンゴをかじりながら応じる。
「帰りに買い物よるからまけろよ、親父」
「そりゃ、どれだけ立派な竜騎士様になるかによるなァ。今日だろ、竜の洗礼は」
きょとんとしたジルとジークに、店長が笑う。
「なんだ、知らなかったのかい。訓練場に行ってみな、エリンツィア様と竜がきてるよ。ありゃ竜騎士団新人恒例の、竜の洗礼。竜の適性試験だ」