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山のふもとに建っている一階建ての小屋は、入り口を入って正面に広い居間が、左手は厨房や風呂場といった水回りがととのえられており、右手奥には寝台がある部屋がふたつある。
寝室のひとつはジルとハディスが、もうひとつはカミラとジークが居間のチェストにクッションや毛布を敷いて作った簡易寝台と交替で使うことになっていた。
身分と性別、関係性からいっても妥当な部屋割りだろう。
だが、竜妃とはいえ、小さな女の子の騎士となったジークは、現在の部屋割りを心から賛成はしていない。
「おい陛下、今はともかく帝都に戻ったら隊長と寝室わけるんだろうな」
「わける? どうして?」
着替えをジルの見ていない居間ですませる気遣いはできるのに、質問の意味がわからないという顔でハディスが返す。そんな態度をとられるとますますジークは警戒せざるをえない。
「十歳に添い寝ってぎりぎりだろう」
「夫婦だし」
「……それが通じる相手ばっかりじゃないだろう」
「君はもう帝都に戻ったときのことを考えてるんだ」
笑いを含んだ声に、ジークはむっとする。
「戻れないっつうのか、竜帝サマが」
「いや」
短く否定したハディスは、ジルの指摘通り、本当は事態の収拾の算段をつけているようにみえた。
「それより明日から、ジルをよろしく頼むよ。ジルは賢いけど、こっちの国の情報にはうといだろうし、何よりまだあの年齢だ」
「止めないんだな、隊長を」
「基本的にジルのやりたいことを邪魔する気はないんだ、僕。嫌われたくないしね」
それは信頼なのか。
(隊長をためしてるみたいに感じるのは、俺だけか?)
じっと見つめていると、肌着を脱いだハディスが振り向いた。
「男の着替えなんか見て楽しい?」
「ずいぶん鍛えてる体だな」
「君ほどじゃないよ」
「質素な暮らしにも慣れてんだな」
「まあ、ずっと辺境で皇族らしい生活はしてなかったしね」
桶の湯に布をつけ体を拭いていくハディスに、不慣れさも嫌悪もない。
そもそもハディスの荷物に入っていたのは、火をつける道具に鍋に携帯食料、地図、大小そろった麻布、薬や消毒液など入った簡易の救急箱、数種類の通貨だ。完全に遭難用で、皇帝の持ち物ではない。それだけ放り出されることに慣れているだろう。
――というか。
「……妙なにおいがするぞ、何入れた今」
「精油。君も使う? さっぱりするよ。体臭もとれるし。髪には香油がおすすめ」
「乙女か!」
「ジルがこのにおいが好きだって言うんだ。よく眠れるって。それにやっぱり好きな子の前では綺麗でいたい」
だめだ、つっこみが追いつかない。嘆息したジークは、ハディスから目を離してごろりと簡易寝台に横になる。
「まあなんだっていい。給料払ってもらえればな」
「それならジルを守ってもらわないと」
「何度も言うな。それが仕事なんだからな、やる」
目を閉じると、部屋に漂う精油のにおいが確かに心地よく感じる。
(催眠作用のある変なもん嗅がされてんじゃねーだろうな)
何もかもが胡散臭い皇帝だ。偽帝だと騒ぎたくなる貴族連中の気持ちがわかる。
「いざとなったら僕を叔父上に突き出せ」
目をあけて、身を起こしてしまった。
体を拭き終えたハディスは、寝間着を羽織りながら、静かに笑う。
「ジルを守るためならそれくらいやれ。そうだろう、竜妃の騎士」
ジークは知らず握っていた拳をほどき、今度は薄い掛け布団を頭からかぶって目を閉じた。
(それは隊長や俺達に裏切られるってことだろうが)
切り抜ける自信があるとしても、心が痛まないわけではないだろう。それとも、信じていなければ痛まないのか。
本当に何を考えているのかよくわからない皇帝だ。
けれどもジルを大切に思っていることだけは、本当だ。だからジークは黙って、眠ってやることにした。