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「何かするって、何を?」
正面の席に座ったハディスが、エプロンをつけたまま首をかしげる。ジルは拳を握った。
「帝都奪還に向けて作戦を練るべきです! この一ヶ月、野菜を育ててただけじゃないですか陛下!?」
「野菜だけじゃない、苺ももうそろそろ頃合い」
「違います! そういうのではなく……っカミラ、ジーク! どう思いますか!?」
「案外、田舎の暮らしも楽しいなって」
「釣りもいいぞ」
カミラとジークまでここの暮らしに適応し始めている。
絶望的な気持ちで顔を覆ったジルを気の毒に思ったのか、ジークが豚肉をフォークにさしてなだめにかかる。
「しかたないだろう。手配書だって回ってるはずだ。こっちには外に出したら一発で通報される顔があるんだぞ」
「どこにそんな危険な顔が……なんでみんなそろって僕を見るんだ?」
眉をひそめるハディスは、エプロンに三角巾を着用していても目を奪われる美形だ。確かに外に出せば一発で通報されるだろう。
だがジルはあがく。
「陛下が外に出せないのはわかってます。でもせめてわたしたちだけでも動くべきです」
「そりゃ、何かやることあるならやってやるけどな。何するってんだ」
「……て、敵襲にそなえて塹壕を掘るとか……」
「そんなもの作ったら、逆にめちゃくちゃあやしまれちゃうでしょ」
カミラのもっともな指摘がぐっさり胸にささった。だがこのままでいいわけがない。
「だってもうそろそろ一ヶ月ですよ!?」
「まだ一ヶ月だ。魔力だって戻ってないし」
堂々と言い返したハディスを、ぎろりとにらむ。
「そう言って半年くらいのんびりすごそうとか思ってませんか、陛下」
ハディスがすっと目線を横にそらした。ジルは身を乗り出す。
「そんなこと許されるわけないでしょう! 陛下は皇帝なんですよ!? クレイトスから帰ってきて、ベイルブルグの滞在期間と合わせて三ヶ月近く、皇帝が帝都にいないとかおかしいじゃないですか!」
「え……だめかな……いいんじゃないかな……特に戻っていいことがあるわけでもないし、面倒ばっかりだし……ここの生活楽しいし……」
フォークでじゃがいもを突きながらハディスがぶつぶつ言い訳している。ジルは手のひらで一度食卓を叩いた。
「陛下」
「はい」
ハディスが背筋を伸ばす。それをにらみながら、ジルは尋ねた。
「ベイルブルグで、帝都奪還作戦立てて遊んでらっしゃいましたよね。本当は今の状況でも戦況をひっくり返す手があるんじゃないですか」
「……。僕のお嫁さんが怖い」
「ごまかさないでください! ――今日、風に飛ばされてきたの拾ったんです」
ポケットから折りたたんでおいた紙を取り出す。
おそらく、少し離れたふもとの街で配られているのだろう。半月前の日付になっている新聞には、ノイトラールの竜騎士団に帝都から派遣されてきた団長が就任したという速報が載っていた。
「あきらかに陛下の捜索のために派遣されてますよね! 野菜作って狩りをしておいしいポトフを食べている間に、どんどん追い詰められてるじゃないですか! もし明日ここが見つかったらどうするつもりですか!?」
「見つかってから考えたらいいんじゃないかな……今の僕たちにできることってないし」
「まぁな。金もない、人脈もない、情報もない、ないないずくしでやることない」
「給料も出ないままだしねー」
「――わかりました」
ははははとあがった軽い笑いが、ジルの冷たい声に気圧されたように引いた。
無表情でジルは抑揚なく、すらすらと告げる。
「じゃあわたしだけでも働きに出ます。この新聞によると竜騎士団の増員で手がたりなくなったようで、竜騎士見習いの募集がかかってるんです。入団試験さえ突破できる実力があるなら、性別年齢、身元も問わないそうです。ちょうど明日が試験日だそうで、いってきます。大丈夫、受かってみせます」
「ちょ……ジル……だって君、魔力もないのに」
「大丈夫です。筋力的な魔力なら多少戻ってきてます」
「筋力的な魔力って、なんなんだそれは」
「魔力は筋力です」
きっぱり言い切って、頬を引きつらせている大人達を冷たく見回す。
「それに元々鍛えてます。魔力がなくても同年代にならまず負けません。なんだったら出世コースにのってやります。これでお金も人脈も情報も多少は手に入りますし、反対しませんよね、ではそういうことで」
「ジ、ジル……ひょっとしなくても怒って」
答えのかわりに、ポトフのじゃがいもにフォークを突き立てた。
「反対しませんよね、陛下」
「だってそれは、危険だし……」
「大丈夫です。陛下はここで朝ご飯とお弁当と夕飯を作って待っててくれればそれで」
「そんなわけには」
「でないと離婚」
「わかった!」
ハディスは急いでこくこくと頷いた。安易に心臓が止まらないのは、魔力を封じられているせいで体調がいいからだろう。それとも、ここの生活が快適で精神的な負担が少ないのか。
けっこうなことだ。安心してジルも働きに出られるというものである。