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やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中  作者: 永瀬さらさ
第九部

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33

 中途半端に重ならない互いの手をそのままにして、ジルはさらに尋ねる。


「さっきの話から察するに、女神に助けてもらうんですよね」

「――そうなるよ。そのための政略結婚だし……君は嫌だろうけど」

「それはいいんです、いやよくないけどいいです。そうじゃなくて……ひょっとしなくても、女神の魔力を増強するんですよね」


 なんのために、なんのために――おそろしく速く思考が回り出す。

 女王は知っている。そしてロレンスは聞いている。神格を堕として消えてしまった竜神ラーヴェを、かつて、どうやって戻したのか。


「ひょっとして、ロレンスは……時間を戻すとか、そういう話をしませんでしたか」

「……そうだって言ったら?」

「駄目に決まってます!」


 椅子を蹴って立ったはずみで、左手がハディスの手から逃れた。金色の指輪が、軌跡みたいに光る。


「ちゃんと説明してください。どんな手段でラーヴェ様を助けるつもりなのか」

「具体的には、これからだよ。まだわからないことも多いし」

「そんなわけないでしょう、ラーヴェ様が消えるかどうかの瀬戸際なんですよ! 具体的な策もなしに、陛下が女神の案に乗るわけがない!」


 ロレンスはハディスを説得できるだけの、具体的な策を提示したはずだ。それはいったい、どんな。時間を戻すとしたら、どこまで。そもそも、どうやって。


「……時間を戻すって、簡単なことじゃないはずですよ。たとえ女神であっても」


 神様は万能ではない。

 一度、時間を六年前に巻き戻した女神が、人間のジルと戦える程度に弱ったように。

 この時間を肯定したラーヴェが、消えかけているように。

 ハディスが低く、笑った。下からのぞきこむように、金の瞳がふたつ、光る。


「やっぱり君は、てごわいなあ。だめかあ」


 上手に逃げてしまった獲物を眺めるような目だった。顎を引き、ジルは両足を踏ん張る。


「……誤魔化さないでください。これから何をするんですか、陛下」

「アルカから魔力をもらう」


 真っ先に脳裏をよぎったのは、紫色の外套を羽織って雪の中にいた少女の姿だった。仲間を取り戻すのだと、何度も何度も国境を振り返っていた。


「……他人の魔力を自分のものにする魔術を使うんですか」

「そう。ラーヴェ国内のアルカ信者も使う。クレイトス出身ほどの魔力はなくても、たしにはなるはずだ。幹部はまだまだ隠れてるだろうし……っていうか君と僕が逃がしたしね?」


 でも今度は逃がさない、と今から虫を捕まえにいく子どもの顔でハディスは言う。ジルは拳を握った。


「……それは、ラーヴェ様のために人間を生け贄にするってことですよ」

「だめなの?」

「いいわけがないでしょう! 少なくとも、ラーヴェ様が許すわけがありません!」

「なんでジルにそんなこと、わかるの」


 感情が消え失せた温度のない声に、ジルは口を閉ざした。


「ラーヴェでもないのに。僕にももう、なんにも、聞こえないのに――教えてよジル。どうやったらラーヴェは、許さないって僕に教えてくれるの?」


 ねえ、と迫る瞳が、笑っているのに、泣いているみたいだった。見ていられないというのは卑怯だろう。でもこみ上げてくるものを隠せなくて、ジルは目をそらす。


「教えてよ、ジル。どうしたらラーヴェは、僕のところに戻ってきてくれるの」

「それ、は――」

「失礼する」


 がしゃがしゃと突然騒がしい音がして、兵たちが入ってきた。身構えたジルを見据えてまっすぐ歩いてくるのは、ヴィッセルだ。

 ハディスがうろんげにヴィッセルを見る。


「……ずいぶん用意がいいね、ヴィッセル兄上。まだ話してる最中だよ」

「竜妃の騎士どもが見当たらなくてね。竜妃殿下にお話をうかがいたい」

「……話をする空気ではなさそうですが」


 ヴィッセルが率いてきた兵たちだけではない。建物の陰にも潜んでいる気配がある。完全に囲まれていた。どうして気づかなかったのかと舌打ちしたあとで、気づく。さっきから自分は勘が良すぎる――ハディスの結界だ。

 ふたりきりで誰にも邪魔をされず、話せるように。それも嘘ではなかったのだろうけれど、取り囲む兵たちをジルから隠すためでもあったのだ。


「お話を願っているんですがね、こちらは」

「……ヴィッセル殿下、わたしはあなたと話してません。陛下と話してるんです」

「ハディスに、ラーヴェ様を諦めろと?」


 返答に詰まったあとで、恐怖を殺すように拳を握り直した。


「……そうは言っていない」

「ではお答え願います、竜妃殿下。ラーヴェ様を助ける気があるのか、否か」

「その前に、お前は、これから陛下が何をするのかわかってクレイトスに賛同したのか!」

「クレイトスとアルカ退治でしょう? 何か問題が?」

「もし魔力がたらなかったら?」


 ヴィッセルは肩をすくめた。


「そのときはそのとき考えるしかありませんね」

「そんないい加減な……っ」

「ではどうしろというんです、竜妃殿下。あなたのお綺麗事を待っている時間はないんです。ラーヴェ様はもう長くはもたない」


 息を呑んで、ハディスを見る。ハディスはもう、ジルを見ていなかった。ぼんやりと、大広間の方角を見ている。そのハディスをちらりと見て、ヴィッセルが前に出る。


「さあ、どうします竜妃殿下。あなたはハディスの力になる覚悟があるのか」

「……っリステアード殿下は!? リステアード殿下はなんて言ってるんですか」

「僕ならここにいる、ジル嬢」


 回廊のほうから歩いてきたリステアードに、ジルはほっとする。

 リステアードは眉根を周囲を見回し、嘆息した。


「やり方が性急すぎる、いくらなんでも」

「私と竜妃の相性が悪いことなど今更だ。――それで、竜妃の騎士たちは?」


 なんの話だ。訝しむジルを置いて、リステアードが淡々と答える。


「会談が始まった直後に、ベイルブルグを出たのを見た門番がいる。……馬でな」


 ちらとリステアードにこちらをうかがわれ、ジルは慌てた。


「わ、わたしは何も知りませんし、指示も出してません!」

「それもそれで問題だが。――今、追わせている。そう遠くにはいっていないはずだ、エリンツィア姉上も追跡に出てくれた。すぐに捕縛できるだろう」


 捕縛。目を見開くジルから、リステアードは視線をそらさなかった。


「……リステアード殿下は、陛下が何をするか、わかってるんですか」

「ああ」

「どうして止めないんですか!」

「では君は、ラーヴェ様を助けるなと?」


 また答えに詰まってしまった。

 ヴィッセルとリステアードはハディスを守るように立っている。ラーヴェが言っていたことを思い出した。もうハディスには、たくさんの誰かがいる。

 ジルだって、ヴィッセルとリステアードと同じ、その誰かのはずなのに。

 何が間違っているんだろう。間違っているのは自分だろうか。わからない。ヴィッセルとリステアードを間違っていると、言えない。


「どうする、ジル嬢。いや、竜妃殿下」


 優しい、でも厳しい目で、リステアードも問いかける。ジルは思わず首を横に振って、あとずさった。わからない、決められない。


「……っ他に、ないんですか。だってこんなの絶対、駄目です。陛下が――」


 よぎるのは、かつての光景だ。赤黒く燃える空、血が染みこんだ大地。人が焼ける臭いの中で、彼はただひとり、立っている。

 ラーヴェが全部夢にしてくれたのに、ジルが囚われすぎているだけなのか。

 でもこの先向かう未来がそれとは違うなんて、誰が保証してくれるだろう。


「もういい」


 ――こんなに冷たい声を聞いたのは初めてで、ジルは凍り付いてしまった。


「もういいよ」


 夢から覚めたみたいにハディスがゆっくり椅子から立ち上がり、テーブルの上に並んだものを見て、嘲笑う。


「一緒にいてくれるなら、苺のケーキだってなんだって、作ってあげたのにな」


 何を言われるかわかってしまった。既視感がある。でもあのときとは違う。

 あのときは、ハディスは何も相談してくれなかった。ちゃんと話し合えば、解決する行き違いだった。

 でも、今回は?


「……君は反対する気がしてた。わかってた。だから、納得もしてるんだ。僕が好きな君ならそうするって」


 ハディスは決めている。ためしているのではなく。


「ごめんね。でも、君を野放しにもできない」


 その瞳には、憎しみも諦めもない。ただ、覚悟だけがある。


「僕はラーヴェを助ける。何をしてでも」


 ジルだってラーヴェを助けたい。でも、どんな方法でも、受け入れるのか。問われたら、その答えは――



「ほんとうに、君が好きだったよ」



 ハディスがこちらに向けて手をかざした。白銀の魔力が何を狙っているか気づいて、ジルは左手を右手で握り込み、隠す。

 竜神ラーヴェの祝福。ハディスの妻である証。ハディスを守る力。


「返してもらう。ラーヴェの神格を堕とす可能性は、残さない」


 いつだって竜帝は竜妃を愛しては、同じ理を違えるから。

 ジルを愛してるから、もう間違えないために。


「さようなら、紫水晶の目をしたお嬢さん。最期まで、そばにいてほしかった」

「――勝手にぜんぶっ過去形にするな!」


 勝手にこぼれる涙が嫌だ。黄金の指輪しか支えにするものがないみたいに、身を縮める自分が嫌だ。

 だって、ハディスを裏切ったとすれば、なんの答えも出せない自分だから。


 ――頼むぞ。


 指輪が、黄金の粒になって消える。もうジルにその資格はないよと、教えるように。


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― 新着の感想 ―
いつの日かフェイリス女王が言っていた、「きっとあなたは、竜帝も捨てるのでしょう。お兄さまを捨てたように」というセリフが脳裏をよぎりました……。 今度は激強愛があるから、前とは違う結末になると信じたい!…
ジルを応援しながら読んでるので毎回自分の思うとおりにならないと突き放してジルを傷つけるムーブかますハディスがキッツいししんどいです(泣) 物語的には凄く面白い展開だとは分かってるのですが…続きが楽しみ…
バディスはまずジルに10000回は殴られるべき。こんなに家族と仲良くなれたのは誰のおかげだ?あなた今までジルにどんだけ支えられてきたと思ってるなーー!!それにラーヴェ嫁さんの言うことは聞けって言ってた…
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