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やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中  作者: 永瀬さらさ
第九部

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29

 タイは今まででいちばん、上手に結べたと思う。念のため、控え室に待機していたスフィアに確認をお願いしたら「完璧です」と言われたので間違いない。最後に手袋を手渡せば、ジルの仕事は終わりだ。

 艶のある黒髪、伏しがちになるときらきらして見える長い睫、日の光とも違う不思議な金色の瞳、どの角度から見ても完璧な顔から首、身体の輪郭。そこへヴィッセルが帝都から馬車一台分取り寄せた衣服の中から、さらにジルが選び抜いた一品を着せた。我が夫ながらほれぼれする正装姿のできあがりである。

 そして椅子に腰かけて、ヴィッセルと一緒に資料確認をしている姿ときたら、もう完璧に仕事ができる夫だ。


「陛下はやっぱりかっこいいですね……」

「ジル様が選ばれた服、とてもお似合いです」

「そうでしょうそうでしょう」


 スフィアの評価に鼻高々になっていると、慌ただしくリステアードが入ってきた。


「すまない、書類に漏れと訂正があった。ハディス、確認してくれ」


 ハディスと手分けして書類に目を通していたヴィッセルが顔をしかめる。


「今から間に合うのか? 会談まであと三十分もない」

「間に合わせる、デリー殿が各所に掛け合ってくれている。僕は今からクレイトス側に渡してくる」

「女王に判断できるのか? 兄面している馬鹿も、しょせん数合わせのお飾りだぞ」

「アゼル公爵がいるだろう。それに、もうロレンス・マートンがあちらに合流している」


 それだけ言って引き返そうとしたリステアードに、スフィアがそっと手を伸ばした。


「リステアード様、襟が」


 リステアードが足を一瞬止めた隙に、スフィアがリステアードの後ろ髪に隠れた首の襟をさっと直す。


「すまない、スフィア嬢」

「お気になさらず。サイズ、やはり少し合っておりませんね。すみません、仕立て直しが間に合わず……」

「この状況ではしかたないですよ。ご配慮、ありがとうございます」

「いいえ。もう捕虜になって痩せてしまったり、そもそも衣装の半分が血で汚れたり破けたりするような真似をせずにいただければ、それだけで十分です」


 リステアードの頬が引きつるのがジルの目にも見えた。ハディスとヴィッセルも作業の手を止めて、様子をうかがっている。


「――こ、今後は、善処する予定です。いや確約はできないが……」

「時間がないのですよね。いってらっしゃいませ」


 足早にリステアードが部屋を出て行った。振り向いたスフィアは少し物悲しげにしている。


「リステアード様にもきちんとお洋服を用意したかったのですが、あれが精一杯でした」

「……すっ……すごく、かっこいいと思います、リステアード殿下も! 飾りとかは控えめですけど、それがリステアード殿下らしい真面目さを出してますよね!」

「まあ。ジル様にそう言っていただけると嬉しいです」


 ほんのりスフィアが笑う。その優しい笑顔が妙に恐ろしかった。


(こっ……これが正妻力か……!)


 事情があって夫を着飾れなかったときはこうして夫の面子を守りつつ、原因である夫にはきっちりと釘を刺す。果たしてこの領域にジルはいつ、たどり着けるだろうか。あの言い方から察するに、リステアードの衣装はあり合わせで用意したのだろう。だが、着回しにはまったく見えなかった。

 うんうん考えていたら、外から「そろそろ時間よ~」とカミラが声をかけてきた。ハディスが時計を見て嘆息する。


「時間ぎりぎりでいいのに」

「陛下、遅刻はだめですよ」


 ジルが叱れば、ハディスは渋々立ち上がる。会談の会場まではジルもついていけるので、ジルも一緒に部屋の外に出た。頭をさげて残ったスフィアはここを片づけるのだろう。


「あれっロルフ。いるのか」


 カミラとジークだけかと思ったら、ロルフがちゃんといる。縄で縛られてもいない。目をまるくしたジルに、ロルフが仁王立ちする。


「いて悪いか」

「いや悪くないが、会談に出席するっていうのはなしだぞ?」

「ふん、あの小僧のご高説なんざ聞いてたまるか。ほら、さっさと行くぞ」


 顎をしゃくられ、ジルは足を止めて待っているハディスに気づく。慌ててそばによって、手をつないだ。


「陛下、注意事項覚えてますか」

「え? あれ本気なの」

「本気ですよ」

「女王と会話もせず目も合わせず会談など無理に決まっている、馬鹿か」

「なんでヴィッセル殿下が知ってるんです!? 陛下、話したんですか!?」

「聞かなくても幼稚な竜妃の言い出すことなどわかる。あとそろそろ手を離せ、客人がいつお見えになってもおかしくない」


 意地でも離したくなくなったが、よりによってハディスが合図のようにジルの手を軽く振った。


「会談終わったら、お茶にしようね。待ってて」


 会談の警護についているエリンツィアが心配そうにこちらを見ている。ヴィッセルは見ているというよりにらんでいるが、きちんとハディスを守ってくれるだろう。リステアードだっていてくれる。

 スフィアだって追いかけずに待っている。ジルも見習わなくてはならない。


「陛下、しゃがんで」

「……。嫌な予感がするんだけど……」


 やや頬を赤らめて口元を押さえ、目線をそらしたハディスに、ジルはむっとする。


「わたしじゃないですよ! 陛下がするんです」

「もっと駄目です」

「ほっぺにですよ、人前で何を勝手に想像してるんですか! ほら早く!」


 まばたいたハディスが、上半身を屈めて、頬に軽く口づけを落とした。


「いってらっしゃいませ」


 見送らないといけないから、言葉だけはスフィアの真似をする。気づいているのかいないのか、ハディスが立ち上がって微笑んだ。


「いってきます」


 ハディスは踵を返し、両開きの扉の前の少し手前で足を止める。エリンツィアから非常時の動線について説明を受けていた。

 今のアルカに会談の邪魔をできる余裕はないだろうが、ラーヴェ側のアルカは襲撃を受けていないし、破れかぶれの突撃をしてくるかもしれない。何より、あの夢だ。今のところは大きな動きがあるとは聞かないが、ベイルブルグの奪還のどさくさに紛れてとはいえ、竜神に刃を向ける連中まで現れた。それこそアルカと徒党を組まない保証はない――。


「お待たせしました、竜帝陛下」


 自分のやるべきことをさがしていたら、反対側の廊下から女王たちがやってきた。

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― 新着の感想 ―
リステアード殿下がたじたじしていてかわいいです
【良い点】 ちょっとでもイチャイチャがあると嬉しくなります。 【気になる点】 リステアードってスフィアに返事もらってましたっけ? でも嬉しいです。 【一言】 どんな会談になるんでしょうか… 次も楽しみ…
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