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壁上から滑空してきたソテーをカミラは受け止める。ロルフは一度引っ込んで、壁から梯子を使っておりてきた。変なところで律儀な人物なのだ。
「で、アタシたちは何をすればいいわけ? 明日の会談についてでしょ」
軍港との境になる壁際は、入り口付近から離れれば静かなものだ。日陰に入ると人目にもつかなくなる。ジークも壁際に背中を預けて、両腕を組んだ。
「説明しねーのはわかってるけど、質疑応答は受け付けろよ」
「この先なんぞ、誰にもわからん。だからあくまで準備じゃ。大事にしたくないからな、儂らだけで行動するぞ」
命令から始まらない切り出しに、カミラはジークと目を見合わせてしまった。ソテーまで首をかしげている。
「まず明日じゃが、会談は行われるじゃろ。問題が起こるとしたらそのあとじゃ」
「えっ待って? 説明してくれるの? お爺ちゃんが? 嘘でしょ?」
「口に出すことで整理できるからな。確信はひとつもない」
いつもの無茶振りだとばかり思っていたカミラは、やや背筋を正す。ジークも居住まいを正していた。これは結構、大事な話だったりするのではないか。
「儂は正直、めんどくさいなー投げだそっかなーとも思ってる」
「おい!」
「珍しく信念とかそういう真面目な話かと思ったのに!」
「はあ? 信念とかなんの役に立つ。儂は今まで、できることしかやってこんかったぞ。アンサス戦争でさえそうじゃ。なのにあれを宝物みたい抱えて、馬鹿が死んでいく」
ふいに、思い出した。
ロルフは、竜帝の粛清から親族を守ろうとしたゲオルグと、決して竜帝を認めなかったメルオニスと、最後まで竜帝に膝を折らなかったアーベルと、ラーヴェ帝国を守るために戦ったのだ。少し調べたところによると、そこには今のレールザッツ公もフェアラート公もいたらしい。
いったいどこで道が分かたれたのかなんて、誰にも偉そうに語れはしない。
「できるからでやっていいわけじゃない、なんてな。たしかに儂が言えた義理ではない」
コケェ、と気遣うような声をソテーが漏らす。自分も、何か言うべきだろうか。ロルフは風に吹かれている――と思ったら、突然目を三角に吊り上げた。
「じゃがあの小僧に説教される義理もないわあ! ぼっこぼこにしてやる!」
「そ、そう……いつもどおりで安心したわ、ありがとう……」
「爺さんはずっと出番を待ってたんだろ。で、今、出番がきたってだけの話じゃねーの」
お、とカミラはジークを肘で突く。この男は、たまにいいことを言うのだ。ふんとロルフも鼻を鳴らした。
「その出番を作るのがあのぴよぴよ竜妃っつうのは気に入らんが? だが、あれは先帝にきっちり引導を渡した。それを信じてやるとするか」
「ええ……もうちょっといい話あるでしょジルちゃん。後宮のお妃様を助けたとか」
「そんなの権力があれば誰だってできるじゃろ。先帝はな、どうしようもないと皆が見て見ぬ振りした負の遺産だった。どうせ結末は変わらんと、投げ出されていた。何もしなくてよかったんじゃ。でもあの小娘は引き受けた、竜帝のために、ごまかさず」
思いがけないところでロルフはジルを評価しているのだとわかって、カミラは少々驚く。
竜妃の騎士を引き受けた理由なんて、レールザッツ公に言われたとか拒むのが面倒だったとか伝説の竜帝夫婦を観察できるのが面白そうだとか、そんな程度だと思っていた。
(それも間違いじゃあ、ないんだろうけどねえ……)
ロレンスは言動よりもずっと優しい人物だ。
そしてロルフは振る舞いよりもずっと大人な人物だ。
「で? 俺たちは何をすればいい」
ジークが落ち着いた様子で話を戻す。ロルフはまっすぐ、自分たちを見返した。
きっと、アンサス戦争を仕掛けるときも同じ目をしていたんだろうと、思った。




