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初めてのおねだり

Twitterで掲載していたSSの再掲です。


「陛下! 陛下、これ飼っていいですか!?」


 そう言って廊下の奥から可愛いお嫁さんが駆けよってきたので、ハディスはまず目線を合わせるためにしゃがんだ。

 両手で大事に包んだものを、ジルがそうっとハディスに差し出す。

 ヒヨコだ。

 黄色の可愛い生き物がぴよぴよと、ジルの小さな手にすっぽりおさまって鳴いている。

 そういえば今日、城に商会の者達が行商にきているのだ。皇都に向かう前にジルの新しいドレスや宝飾品、入り用のものをそろえるためだったはずだが、目をつけたのがこれだというのがなんとも子どもらしいというか、ジルらしい。


「ジルちゃん、大きくなるのよそれ」

「皇都に連れていくのは無理だろう」


 ジルのあとから追いかけてきた騎士達が、苦笑い半分でたしなめている。ジルは首を横に振った。


「わたし、ちゃんと育てられます! 途中で手放したりしませんから」

「だからって、ねえ」

「陛下がいいって言ったらいいですよね。陛下、お願いします! 犬とか猫とか、生き物を自分で飼ってみたかったんです」


 不安と期待の入り交じった表情で、ジルがハディスに訴えかけてくる。

 あまりの可愛さにめまいがした。

 断れるわけがない。とにかく大人びているハディスの世界一可愛いお嫁さんは、滅多にわがままなど言わないのだ。


(しかもこれ、初めてのおねだりじゃないか!?)


 小躍りしたくなってきた。

 ジルの騎士達も滅多に見られない子どもらしさにほだされているのだろう。やれやれ、という顔でハディスの判断を待っている。

 咳払いをしてから、ハディスはできるだけなんでもないことのように答えた。


「わかった、いいよ。生き物を育てるのって、いい勉強になるって言うし」


 ぱっとジルが顔を輝かせた。


「ほんと!? あとでなしって駄目ですよ、陛下!」

「でも、ちゃんと面倒みるって約束は守らないとだめだぞ」

「わかってます! ありがとうございます陛下、大好き!」


 珍しくはしゃいだ声をあげて、ジルがぴょんぴょんはねている。だめだ可愛い。

 あーあ、と体の内側からラーヴェまで苦笑気味の声をあげる。


『おめーも嫁さんには弱いわけか』

(うるさいラーヴェ、可愛いからいいじゃないか。しかも大好きって言われた!)


 可愛いジルと可愛い雛。可愛いしかない。なんて心温まる光景だろうか。今日も世界は素晴らしい。恐怖政治をしなくてよかった。


「おいまさか、騎士の仕事にペットの世話も入るんじゃないだろうな。鶏だぞ、鶏」

「頑張りなさいよ」

「俺に押しつける気満々かよ、ちったぁお前も働け」

「あ、育て方の本をさがしにいかなきゃ。わたし、図書室いってきます!」

「その前に名前をつけたら?」


 ハディスの提案に、ジルが目を丸くしたあと、じっとヒヨコを見て破顔した。


「じゃあステーキで!」


 なごやかなその場が一瞬で凍り付いた。

 ぎこちなくでも声をあげたのは、口のよく回るカミラだ。


「そ、それは食べ物の名前でしょジルちゃん。いくらなんでも」

「直截的すぎますか? じゃあシチューとか!」

「いやそうじゃない、隊長。なんで食べ物の名前なんだっていう……」

「ならソテーでもいいかも?」


 調理方法になった。

 なんだか寒気がしてきたのは気のせいだろうか。心なしか、ジルの手の中にいるぴよぴよした黄色の生き物も、震えている気がする。


「早く大きくなったらいいな」


 ジルだけが無邪気ににこにこ笑っている。

 その姿は終始一貫していて、愛らしいのだが。


「ありがとうございます、陛下。大事にしますね、ソテー!」

「……そ、うか。うん。あの、でも、ソテーで決まりなのかな……?」

「本当に夢だったんです、自分で育てるの! 牛とか豚とかもいつかほしいです!」


 ――なんのために?


 と聞けない情けない大人達を置いて、ジルは軽い足取りでヒヨコを大事に抱えて踵を返す。

 ぴよーっという鳴き声が悲鳴に聞こえたのは気のせいだろうか。


「……」

「……」

「……」


 誰も何も決定打を言えない空気の中で、ジークが後頭部をかいた。


「……あー。とりあえず、あれだ。知らないうちに逃げ出したとか、そういうんでどうだ?」


 なかなかの妙案だ。カミラが手を叩いて頷く。


「そ、そうね。そうしましょ! 大体、皇都のお城で鶏飼うのは、ねえ。牛や豚も、牧場じゃあるまいし」

「そ、そうだな……」


 こくこくとハディスが頷けば、皇帝の許可があることになる。

 きっとカミラとジークはうまくやってくれるだろう。



 だがしかし、ジルが我が子ならぬ我がペットを守るためその戦闘能力と護衛能力を発揮し、カミラやジークの策はことごとく失敗。

 竜神ラーヴェすら返り討ちにあった中、もはやソテーを逃がすことはできない。


(まさかソテーにするのは僕か?)


 などとは聞けないまま、ヒヨコのソテーがいずれ鶏のソテーに育つのを、ハディスがぶるぶるしながら見守ることになるのだった。




――ソテーさんの次回登場時の姿にご期待ください。

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― 新着の感想 ―
読んでいくうちに、リアルにゲラゲラ笑いましたwめっちゃ面白かったですwwwwwwwww 食べるのか、それともただ可愛がるだけなのか聞けない大人たち、すっごく面白かったですwwwwwwwww
ソテーちゃん、アニメで見たい! ピヨーって叫ぶの聞きたい!
[良い点] 中身と外見がバラバラのジルのギャップ萌えの場面ですね。笑えます。 [気になる点] ソテーは食べられてしまうのかな?不安になりながら読み進みます。 [一言] じっくり読んでいきます。がんばっ…
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