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「周囲の支持はない。後ろ盾は女神だけ。同条件だ。なら、これくらいご自分でなんとかしていただかないとね」
ロレンスのいいようにジークが顔をしかめる。
「無茶言うんじゃねーよ。陛下とくらべるには、年齢違いすぎるだろ」
「自己申告ですけど、中身なら帝都に戻った竜帝と同年齢くらいなんだそうですよ」
ジークは不可解な顔をして黙ったが、ジルには意味がわかった。フェイリスにはかつての、十四歳までの記憶がある。
「ラーヴェでいう三公みたいな大貴族はクレイトスにもいますけど、クレイトス王族に敬意を持っています。それらを差し引けば、竜帝よりましでしょう。少なくとも彼らは女王を偽の女王だと断じたりはしない」
「それは嫌みで言ってるのか?」
「いいや、尊敬だよ。君はよくあの状況から竜帝をここまで押しあげた。今回の会談、動きが遅いのはみんなと相談してるからだろう? 三公が竜帝と今後の対策を相談するために集まってきてるんだってね。帝都から宰相のヴィッセル皇太子もいらっしゃるとか」
ちゃっかり自分の置かれた状況は把握しているらしい。
「ヴィッセル殿下はさっき到着した。ただ、三公がまだだ。レールザッツ領が強襲された騒ぎでレールザッツ公が怪我をなさって、くるのは跡取りのほうになるそうだ」
リステアードの叔父にあたる人物だ。ずいぶん遅くにできた息子だそうで、まだ二十代、リステアードは叔父ではなく従兄弟だと思っていた時分もあるらしい。
「ああ、あの人望もあってずいぶん優秀だって聞く……たまにでいいからレールザッツから優秀じゃないのは生まれたりしないのかな?」
「ロルフじゃないのか」
適当に答えたのに、ロレンスが真剣な顔で考えこんでしまった。
「アンタ、会談に応じないことになったらよくて人質、悪くて処刑よ。わかってんの?」
カミラの口調には脅しと不安がまじっている。ロレンスが顔をあげた。
「でも俺は今、生きてます。竜帝が処刑を命じていない。すなわち、交渉の余地がある。違うかな?」
「じーさんはお前を処刑すべきだって言ってたぞ」
「わかりますよ。俺でも真っ先に俺を始末しにかかるでしょうから」
「……もういい、わかった。お前は決めてるんだな。譲る気はないわけだ」
ロレンスは女王からかつてを聞いている。この面子であれば何か言いたいことや聞けることがあるかと思ったが、杞憂だったらしい。ロレンスも苦笑いを浮かべている。
「その考えは、あまりにも甘いんじゃないかな。それとも俺は、そんなに君に甘かった?」
ロレンスの口調には、昔を懐かしむような滲みがあった。記憶はないくせにと呆れながら、ジルは素直に答える。
「いや全力でうさんくさかった、いつも」
「ひどいな」
「でも……」
優しい男だった、自分で思っているよりも、ずっと。
一度目を閉じて、開いた。
「ひとつ、私的な質問をしていいか」
「どうぞ、答えられることなら答えるよ」
「お姉さんは、元気なのか。うまくやれてるのか?」
かつてでは、間に合わなかったと薄汚れた頬で、泣き出しそうな目で、命令違反を笑って詫びた彼は、報われたのか。
珍しく、ロレンスが言いよどんだ。少し目をそらして、答える。
「姉さんに、俺の助けは必要なかったよ」
こいつは、本当のことを言わないけれど嘘もつかない。だから、本音だとわかった。
「そうか」
「それだけ? よし人質にしようとか、言わないのかい?」
「おじーちゃんはやらないんですって。やる価値がないから」
カミラのひとことに、ロレンスは笑みを深めた。
「ひどいこと言いますね。俺がまったく動じない冷血人間みたいに」
「――話を戻そう。もし、陛下との直接交渉はわたしの同席が条件だと言ったら?」
「なら竜神は、女神を斃すまであのままだ。それでいいなら、どうぞ」
嫌がらせだと言いながら、譲る気はないらしい。ロレンスはわざとらしく視線を斜め上に持ち上げ、足を組んだ。
「でも、君は言わないよ。クレイトスとラーヴェの泥沼の戦争を、戦い続ける竜帝をもう二度と見たくないから」
そのとおりだ。ジルはもう二度と、ハディスにあんなふうになってほしくない。
「ずいぶん、君の出席にこだわるね。ひょっとして女王がいるから、竜帝が怖じ気付いて君の同席を要求してるのかな。だとしたらずいぶん竜帝も臆病者だ」
薄く笑うロレンスに、ジルは眉をよせる。
「何を言ってるんだ? わたしが要求してるに決まってるだろう。わたしがいない場で陛下と女王、女神を会わせるなんて、簡単に許せるか」
ロレンスがまじまじとこちらを見つめ返した。まるでわかっていない顔だ。ジルは呆れと自嘲まじりに続けた。
「そういう意味で、お前たちの懸念は正しいな。まとまる話なんてあるわけがない。お前は女心がわかってるほうだ」
「……それは、どうも……? …………女心……?」
「余計なこと言うな馬鹿」
「こっち見ないで」
「わたしの出席を認めないのはわかった。なら、もうひとり人数を増やすのはどうだ。そっちもひとり増やして、合計六人の会談にする」
ロレンスがまばたき、顎に手を当てて思案する。
「……ちゃんと通知してくれるなら、いけると思うよ。でもなんでまた?」
「でないと誰が陛下と一緒に会談に出るか、きょうだい喧嘩が止まらない」
「それはそれは」
苦笑いを浮かべたあと、ロレンスが落ち着いて答える。
「俺は人選にもう関与できないから、それこそ南国王がきても文句言わないでくれるなら、会談出席者をひとり増やすのはかまわないよ」
「なら、クレイトスに通知する。もうしばらく待ってもらうことになるが、いいな」
「かまわないよ。焦らなくても結果は必ず出るから。クレイトスとラーヴェ、戦争続行か、手を取り合うか。具体的には、クレイトスに攻め込んで女神か女王を捕らえて竜神ラーヴェの封印を解く方法を吐かせるか、クレイトスの条件を呑んで自発的に解かせるか」
「ロルフと同じことを言うんだな」
ジルの答えに、ロレンスは困ったような自嘲のような曖昧な笑顔を浮かべた。
「話はそれだけだ。あとは結論を待っていろ」
「会談をする気があるなら、早めがおすすめだよ」
踵を返そうとしたジルに、手を振りながらロレンスが告げる。
「いつまで女神がおとなしくしてくれているか、わからないから」
「……脅しのつもりか?」
「警告のつもりだよ」
女神は会談に反対なのか――いや、ひょっとしてハディスと同じなのか。
(ラーヴェ様から、離れたがらない……)
ジルは黙って背を向ける。ロレンスもずっと伏せっぱなしだった本を取り直して、引き止めなかった。




