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ロレンス・マートンは、捕虜であるが客人という中途半端な扱いになっていた。クレイトス王国側からすればロレンスは投降ではなく交渉にきた使者だ。クレイトスとの会談をするかどうかも決まっていない今は、そうするしかなかったのである。
「ロルフは見つからないままか?」
「もう一昨日から姿が見えないのよねえ……ソテーも協力してくれてるのに」
「ベイルブルグにいねえのかもな。フリーデンってあの竜も見かけねえ」
「しょうがないか。いたらいたで、もっとややこしいことになりそうだし……」
「「それはそう」」
部下たちの力強い同意を背に受け、気を引き締めてベイル城の端にある塔、貴人用の監禁部屋へとジルは入る。ついてきたカミラもジークも緊張した面持ちだ。
会談の条件をリステアードに提示したあと、急かすでもなくおとなしくしているようだが、檻の中であっても何をしでかすかわからない相手だ。
なのにロレンスは、優雅に本を広げながら焼き菓子をつまんでいた。
「君がくるとは思わなかったなあ、よく竜帝が許したね」
しかも、まるで旧友に偶然出会ったみたいな驚いた顔で笑う。
「竜妃の騎士たちもご一緒で。ひとりたりないけれど、いつものこと?」
「そうね、いつものことよ」
カミラが淡泊な反応を返し、ジークは疲れた溜め息を吐く。そうですよね、などと言って菓子を咀嚼するロレンスは呑気なものだ。ジルのこめかみに血管が浮かぶ。
「そういうお前はずいぶん快適そうだな、ロレンス」
「おかげさまで」
ロレンスは小さな丸テーブルに本を置き、椅子をこちらへ向けて座り直す。君も食べる、と籠に入った焼き菓子をこちらに差し出す余裕ぶりだ。全部食べてやろうかと思ったが、カミラに軽くにらまれてこらえた。
「なんの用? しゃべれることなら、もうしゃべったよ。備蓄の保管場所、城や街に仕掛けた罠。設備は捕虜収容用の場所くらいしか作ってないしね。我ながら、ずいぶんお行儀のいい占拠をしたつもりなんだけど」
「占拠に行儀がいいも悪いもあるか! 街のあちこち壊れてるじゃないか!」
「それは女神と竜神が戦った跡だからね。一方的にこちらの責任にされても」
「そもそもそっちが攻めてこなかったら戦闘だって起こらなかったんだが!?」
「で、俺に何を教えてほしくてきたのかな」
にこにこしているロレンスに血管がきれそうになったがこらえ、低い声を出す。
「――会談の条件ついて質問したい。どうしてわたしの出席を許さないのか」
「え? ただの嫌がらせだけど」
あっさりそう答えて、ロレンスがやれやれといったふうに長い溜め息を吐く。
「返事が遅いと思ったけど、まさかそれでもめてたりする?」
本当か、いやそんなまさか。疑心暗鬼の中で、カミラが慎重に声をあげる。
「もめるに決まってるでしょ。ジルちゃんを出席させないなんて条件、何考えてるのよ」
「じゃあ想像してみてください。女神と竜妃が一緒の会談。そばに竜帝つき」
一拍あけて、ロレンスが真面目な声で続けた。
「会談場所は魔力の殴り合いで崩壊。まとまる話もまとまりません」
「そ、そんなことはないだろう!」
「俺よりうしろのふたりに主張してみたらどう?」
ばっと振り向いたら、カミラもジークもさっと目をそらした。
「納得した? ちゃんと会談をまとめるための提案だって」
「でもお前、さっき嫌がらせって言ってなかったか!?」
「もちろん、嫌がらせもあるよ」
「――隊長、落ち着け。キレたらこいつの思うつぼだぞ」
わかっている。わかっているが、今すぐこの鉄格子をねじ曲げて押し入り、こいつの首を締め上げながら尋問を始めたい。
「怒らせるつもりはないんですけどね。これでも女王と女神に信任された交渉役ですから、俺は。交渉、失敗したらこう、でしょうし」
ロレンスが笑いながら人差し指で自分の首を切る仕草をする。決して冗談ではないのは、ジルも聞き知っていた。少しだけ冷静になる。
「……今、大変らしいぞ、女王は。いいのか」
現在、クレイトス王国内では、ベイルブルグを放棄し帰国した女王を批判する声が強くなっているらしい。戦費と人材を注ぎ込んで戦いを仕掛けておきながら逃げ帰ったようなものなので、批判は当然だ。
その流れで、意識を取り戻した前国王ルーファスを王に戻そうとする動きまである。ジェラルド王太子の再起を願う声も増えているのだとか。
「そりゃあ、大変だろうね。王都はどっかの誰かさんに襲撃されたし、他人事だった連中も目が覚めたはずだよ。そもそも女王は即位まで時間がなさすぎて、ろくな地盤もない。ジェラルド王太子不在の間どう押さえたらいいかわからない前国王ルーファスよりはましだろう、傀儡にできそうだし、というのが大方の支持理由。民衆はクレイトス初の女王っていう宣伝文句に浮かれてただけだろうし」
なのにロレンスがあっさりしているものだから、ジルのほうが心配になる。
「ひょっとして、女王にはお前以外、ろくな味方いないんじゃないのか」
「でも、竜帝も同じだったはずだよ」
丸テーブルにロレンスは肘を突いて素っ気なく言った。




