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やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中  作者: 永瀬さらさ
第九部

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17

「僕が適任だ」


 先手必勝とばかりに、リステアードが言い放つ。ベイル城に到着したばかりのヴィッセルが、外套を脱ぐ手を止めて目を細めた。


「どういう根拠で?」

「僕は誰よりも今回の戦いについて状況を把握している。ロレンス・マートンを捕縛したのは僕、そもそも戦場になったのはここベイルブルグ。ベイルブルグへの賠償問題も含めて、僕がいればその場で現実的な提案ができるだろう」

「まるで自分がベイルブルグを復興するかのような言い方だ。まだ次のベイル侯爵になると決まったわけでもないのに。それとも返事をもらったのか?」

「彼女は父親を亡くしたばかりだぞ。こんな状況で返事を急かすのは卑怯だろう」


 ヴィッセルが作業テーブルに持っていた紙袋を置き、脱いだ外套を椅子の背にかけ、リステアードに向き合った。ジルはそっとテーブルに置かれた紙袋の中を見てみる。帝都でハディスが愛用している小麦粉、バター、卵――弟へのお土産のようだ。よくわかっている。だからベイル城の厨房にラーヴェ皇族が勢揃いしていることへの苦言もない。


「却下だ。お前はベイルブルグについてなんの権限も持たない、現場責任者にすぎない。しかもベイルブルグのみの話で終わるわけがない。これは国政だぞ。交渉は私がする。そもそもまともな交渉になるかも問題だというのに」

「だとしたら適任は私だろう」


 リステアードとヴィッセルが同時にぎょっとして、厨房の壁に背を預けているエリンツィアを見た。だがエリンツィアの顔は真剣である。


「あちらは女王と自分、こちらはハディスと竜妃以外のもう一人のみというのが、ロレンス・マートンが出したクレイトスとの会談の条件だ。ジルの出席を認めない会談というなら、ハディスの警護ができる人間を選ぶべきじゃないか。私ならお前たちよりは役に立つ」


 言外に姉から戦力外通知をくらった弟たちがそれぞれむっと顔を引きつらせた。


「駆け引きではなく殴り合いでもする気ですか、姉上」

「そもそもハディスに姉上の護衛など必要ありませんが? ハディスのほうが強いのだから」

「なら交渉の補佐だって必要ないだろう。ハディスは賢いからな」

「それはそうでも私は絶対ハディスの役に立ちますが!?」

「そういう条件なら、僕ならヴィッセル兄上より戦えるし、姉上より交渉できますね。つまり僕が適任です」

「何もかも中途半端ということではないか。適任は私だ、議論の余地はない」

「あのなお前たち、まずはハディスの安全が第一だろう!」


 ジルの前でカスタードクリームをシュークリームの絞り入れる作業をしていたハディスが、つぶやいた。


「僕は別に誰でもいいんだけど……」

「「「いいわけないだろう!!」」」


 三人そろってハディスに怒鳴り返したと思ったら、そのまま自分が適任だいや自分だと議論が再開する。巻き込まれないよう、ジルはそっとハディスの横に移動した。


 ロレンス・マートンから提示された和平の会談には、条件があった。

 ひとつ、ロレンス・マートン自身が直接竜帝ハディス・テオス・ラーヴェと交渉できる場を設けること。もちろん、女王の同席を許すこと。ラーヴェ帝国側の会談出席者もクレイトス王国側と同人数で、すなわち竜帝と他一名のみの少人数形式で執り行うこと。ただし、竜妃は会談に出席させないこと。

 交渉の場はラーヴェ帝国側に一任されているし、神に関わる事項なのだから少人数の密談に近い形なるのは、当然といえば当然である。だが、わざわざ竜妃の同席を拒むクレイトス側の態度が警戒を生み、そもそも会談に応じるのか、会談の条件を呑むとしていったい誰が出席すべきかで物議をかもしているのだ。

 リステアードが自分が出席すると息巻いていたところに、ヴィッセルが帝都からわざわざやってくると聞いたときから、こうなる予感はしていた。だがエリンツィアまで参戦するとは、予想外の白熱ぶりだ。


「もてもてですね、陛下」

「もててるのかなあ……」

「もててますよ」


 横目でじろりとにらむとハディスがひとつだけ、カスタードクリームを絞り入れたばかりのシュークリームを取って、口に入れてくれた。味見して、と上から注がれた声が口の中よりも甘くて、むくれる。


「最近の陛下、わたしを色じかけで誤魔化そうとしてませんか」

「色じかけって。味見でしょただの」


 無自覚か、そうか。苦笑い気味の淡い表情にますます腹が立って、シュークリームに手を伸ばそうとしたら、読まれていたようにあっさり手を取られた。味見、と繰り返される声はやっぱり甘く聞こえる。


「君のはみっつ、大きいやつを用意したから」


 愕然とし、ジルは大きな天板に敷き詰められたシュークリームを指さす。


「全部とはいかなくても大半はわたしのじゃないんですか!?」

「兄上、姉上。三人の分、ここに置いておくからね。紅茶とかは自分で用意して」


 ジルの目の前で、ハディスが六つ、シュークリームをより分けた。それでもまだ倍以上の量が残っている。やはり、自分が食べるしかないのではないか。だがジルの期待の眼差しを余所に、ハディスはエプロンを脱ぎ始める。


「僕、ちょっとこのシュークリーム差し入れてくるから」

「どこにですか!?」


 背後からしがみついたジルをなだめるように、ハディスが答える。


「金竜学級の子たち」


 ジルはハディスをゆさぶろうとしていた手を止めた。


「なら……しかたない、ですね……」

「ジル、目が怖いぞ。相手は子どもだ。いや、君も子どもだが……」

「金竜学級の子たちへの差し入れということは、大広間へ行くのか、ハディス」


 シュークリームを籠に入れながら、ハディスがリステアードの質問に穏やかに頷く。


「うん、頑張ってもらってるからね、ラーヴェの警護。まだ軍人じゃないのにね」


 ヴィッセルが厨房の棚から皿を三枚取り出し、ハディスがより分けたシュークリームをふたつずつ置いた。


「私も荷解きを終えたら挨拶にいこう。今、竜神ラーヴェ様の姿が視えると聞いたが本当か」

「視えるよ、誰にでも。魔力の有無は関係ないみたい。……だから厄介なんだけど」


 シュークリームを持ったかごを持って、ハディスは笑顔を向ける。


「じゃあ、僕、行くね。会談については適当に決めておいて」

「お前な」

「リステアード、紅茶を淹れろ。姉上は何もしないでください、邪魔です」

「私もお湯くらいは沸かせるぞ」


 リステアードは眉をひそめつつ茶葉を取りに背を向け、エリンツィアはお湯を沸かすための深鍋をさがす。ハディスが行こう、とジルにあいている手を差し出した。


「いいんですか。会談の話、しなくて」

「兄上たちだってわかってるよ、今はなんとも言えないって。そもそも会談をするかも決まってないんだから」


 周囲とは対称的に、ハディスは落ち着いている。だが、まったく動きを見せない竜帝にみんな焦れ始めていた。そろそろ、先延ばしも限界だろう。ヴィッセルまでやってきて、ああして議論になってしまうのは、皆心配しているからだ。

 手を繋いで厨房を出て、ジルは嘆息した。


「クレイトスだって今は大変みたいだし……ジル?」


 足を止めたジルにちゃんと気づいて、ハディスも足を止めた。


「わたし、ロレンスに話をしにいっていいですか」

「いいよ」


 あっさりと出た許可に、ジルは半眼になる。


「横恋慕とか嫌だとか、なんでわがまま、言わないんですか」

「言いたいけど、しょうがないよ。僕は君にお許しをもらう立場だから。こないだも、勝手なことしちゃったしね」


 むっとジルは眉根をよせる。たしかにジルは、勝手に転移してきた勝手な行動も含めて怒ったのだが――物わかりがよくて不気味、というのはさすがに夫が可哀想か。

 眉間をちょんと、ハディスの人差し指で突かれた。


「なんでそんな、難しい顔してるの。ちゃんと相談って約束、守ってるのに」

「それは、はい。わかってますけど」

「まさかやきもちやいてくれないって、すねてる?」

「そっそんなことないです! ありません!」

「でも、誰かつれていくようにね」


 少しかがんで顔を近づけたハディスが、ふたりで作った陰の中でささやく。


「ふたりきりはゆるさないよ」


 ばっとジルは距離を取り、息がかかった耳を手でふさいで、ハディスをにらんだ。


「わっわかってますよ……!」

「ならいいよ」


 まるで何もしてない顔をして、ハディスが再び歩き出す。

 ベイルブルグを取り戻してから、ハディスは子どもじみた態度をとらなくなった。結構なことだ。しかしてその結果が、無自覚な色じかけとは。


(他にもやってないだろうな)


 不覚にも熱を持った頬をふくらませながら、ジルは夫と途中で別れる。ハディスはやはり、わがままを言わなかった。

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― 新着の感想 ―
殿下の淹れてくださった紅茶飲みた過ぎます 嵐の前の静けさの感じではあるのですが
ほのぼのしているはずなのに、真綿で首を締められているような息苦しさを感じるのは何でなんだろう…。 バディスは今、不安定すぎるのに会談は竜妃抜きでとかロレンスの事だからぜっっったい何か企んでるはず。
嬉しい…嬉しいはずなのに! 不穏なラブコメでどうなるか心配です
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