15
まるで水晶の大樹だった。
大理石の床から根を張り壁を伝って空に伸びた枝が、壊れた天井のかわりのように広がっている。きらきらと日の光をあちこち反射させている水晶の正体は、魔力の結晶だ。こんなことができるのは、ラーヴェかクレイトスか――神しか、いない。
すべての中心に、ひときわ輝く魔力の核があった。黄金と白銀を混ぜた光の繭――その中で天剣が、白銀の鱗を持つ小さな竜の輪郭が、くるくると鏡像のように、姿を変えている。
消えていない。
その目で確かめてほっとしたジルは、だが先に足を止めてしまったハディスの横で、同じく固まってしまった。
「早くしろ! 兵が増えてきてるぞ!」
「かまうな、こっちが先だ!」
水晶を踏み台によじ登った人間たちが、剣を、斧を、槍を振り下ろしていた。
天剣とラーヴェが姿を変える球体へ向けて――彼らを守って戦った、かみさまに向かって。
「竜神を殺せ、早く!」
剣を振り上げているのは、クレイトス兵ではない。どこかで見覚えがある顔だった。ジークが剣で弾き飛ばした相手も、ノインが振り払った相手も、ソテーが蹴り飛ばした相手も――部下たちが手こずっている理由がわかった。相手が素人で、自国の民で、できれば止められないかと手加減をしているからだ。
「なんでわれねえんだよ、こんなにやってんのに……!」
水晶に槍先を弾かれ、青年が舌打ちする。女性に腰にしがみつかれ、ノインが叫んだ。
「何をしてるのかわかってるんですか、あなたたちは……!」
「くそ、やめろっつってんだろうが!」
男から剣を奪い、走ろうとしたジークの足を少年がつかむ。
「もういい、どけ熊! アタシがやる!」
カミラが背後から弓をかまえたが、それも阻もうと少女が両手を広げて立ちふさがる。
その間にまた斧が振り上げられる。一度、二度――斧から、きらりと欠けた水晶が零れ落ちた。涙のように。
「竜神がいなくなれば、ベイルブルグは燃えない!」
「陛下、見なくていいです!」
石畳を蹴ったジルとすれ違うように、瓦礫の隙間から現れ出た少年が、突っ立っているだけのハディスに体当たりした。
「ぼ、ぼくらのこと、だましやがって」
ジルは両目を見開く。ハディスの太股に、小さなナイフが刺さっていた。
「お前らが悪いんだよ、僕らは悪くない!」
「陛下!」
かまいたちのように白銀の魔力が輪になって飛んだ。ジルの片頬に、ラーヴェに向かって斧を振り上げていた男の血しぶきがかかり、水晶がびちゃびちゃと血と内臓で汚れる。
悲鳴すらあがらなかった。頭を半分失った者は、首が飛んだ者は、自分が死んだこともわからないままだっただろう。
一瞬で竜神ラーヴェに仇なした者をすべて屠り、ハディスがナイフが刺さったままの足を動かす。真新しい死体に囲まれたラーヴェを封じた魔力の球体へと両手を伸ばす。
「何してるんだ、ラーヴェ」
静寂の中で微笑んで、球体に手をつき、額を押し当てる。水晶に飛び散った血が手や顔を汚すのも、死体を踏みつけるのも、血だまりに踏みこむのも、かまわずに。
「女神にやられっぱなしじゃ示しがつかないだろう。さっさと目を覚ませ」
「へ、陛下、怪我……」
「いなくなったりしないよな」
その声に、胸が引き絞られた。
「心配ないって言って。大丈夫だって。僕は竜帝だからって」
きらきらと日が差し込む血塗れの水晶の部屋に、迷子のようなか細い声が響く。
「おまえがめをあけてくれたら、だいじょうぶだから、ラーヴェ……」
「大丈夫です、陛下」
たまらず、ジルは横からハディスに抱きついた。届かないかもしれない、それでも。
「ラーヴェ様は、目をさましてくれます。さましてくれますから、陛下、今は」
「ご報告申し上げます、竜帝陛下! クレイトスから和平の申し入れが――」
ハディスの答えを待つ時間もなく、兵が飛び込んできた。
ハディスがゆっくりと顔をあげ、笑う。
「和平? 今になって?」
「それが――」
続く報告に、ジルはハディスの手を強く握った。金色の目の奥が、曇らないように。




