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差し出された水を飲み干した男は、笑ってつぶやく。
「いるかもと思ったけど、ほんとに最前線にいるとはな。さすが期待を裏切らねーわ、リステアード隊長は」
「軽口を叩けるなら大丈夫だな、ヒューゴ曹長。脱出できたのは君、ひとりか」
相づちを返したヒューゴは、ベイルブルグの方向を見た。
見張りのために小高い丘に張られた陣営に、夜明けを知らせる日が差し込んでくる。夜明け前の闇に紛れて、彼はここまで、竜にも見つからず、たったひとり逃げ出してきたのだ。
「仲間も部下は全員、中だ。残りたかったんだが、俺が適任だって言われて……うまく脱出できても、敵にも味方にも殺される可能性あるから」
「適切な判断だ。君はハディスにも面識があるからな」
「誤情報を渡しても、首を飛ばされる率がさがる?」
笑って尋ねるヒューゴに、リステアードは真面目に頷き返した。ヒューゴが呆れる。
「そこは竜帝サマはそんなことしないって否定し――」
再度水を飲もうとしたヒューゴが咽せる。やはり無理をしているのだろう。リステアードは救護班を呼ぶ。
「少し休め、報告はそれからでもいい」
「――竜神ラーヴェの居場所をつかんだ」
リステアードを引き止めるように、ヒューゴが腕をつかんできた。リステアードは驚いて振り向く。
「ラーヴェ様の? だが、ラーヴェ様の姿は見えないだろう」
「白銀の竜だろ。金目かどうかはわかんなかったが……たぶん、天剣と入れ替わって……俺だけじゃない、他にも見てる奴がいる。小さな竜だったが、あれは竜神だ。神様だよ」
気のせいだと笑うには、ヒューゴの瞳に強い畏怖と確信が浮かんでいた。
「見えるのがいいことか悪いことかは判断つかねえが、早く助けたほうがいい」
「もちろん作戦はいくつか準備をしているが」
ぐっとリステアードの腕を強く引いて、ヒューゴが声を潜める。
「なあ、どっちが現実なんだ?」
リステアードまばたき、ヒューゴの目を見る。ヒューゴは自嘲気味に告げた。
「ベイルブルグは今、そういう状態だ」
「……了解した。申し訳ないが休みなしでノイトラールに移動し、報告してもらう」
「そうしてくれ。それがいい……なあ、竜帝は……」
俺が知ってる竜帝だよな。
祈るように目を閉じるヒューゴを支えてやりながら、リステアードは唇を噛み締め、尖塔だけが見えるベイルブルグをにらんだ。




