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しんと沈黙が落ちた。皆に注視されたルティーヤが嫌な顔をする。
「だってこの王子、会談時点では先帝殺害の件で王太子でいられたかもあやしい立場だっただろ。だからアルカに与した裏切り者ってことにして、開戦の口実に使ったわけじゃん。でもそのあとでラーヴェ側でこの状態で見つかったらさあ、実は被害者でしたってクレイトスに戻せる可能性、高いじゃん?」
女神の仕業だとラーヴェ側が主張したところで、開戦している状態ではラーヴェが仕込んだ情報戦として処理されてしまうだろう。そうすると、クレイトス国内でのジェラルドの価値も立場も、回復しやすくなる。
「加害者を被害者にすり替えるやつか! 言われてみればそうだ」
「よくやられたよなー。悪いのはあっちだろうがっての」
笑って次々に同意を示すルティーヤの周囲に、ヴィッセルがジルを見た。
「ずいぶんいい教育をしたな。こんな発想にすぐ思い至るとは」
「……周囲の汚い大人たちが悪いんですよ。あなたみたいな」
「なら……王子様は女神の被害者として見つかったら、いいのかな……?」
フリーダの意見にジルはぎょっとしたが、よりによってハディスが優しく頷く。
「よくわかったね、フリーダ。いい案だと思う。リステアード兄上が安易にベイルブルグで交渉に使わなかったおかげだね」
「僕もさんせ~。クレイトスで人気あったんだろ、この王子様。クレイトスの女神不信を煽ろうぜ、やられてんだからさこっちも」
「フリーダ様やルティーヤの前ではもう少し清廉潔白でいてくださいよ、陛下もヴィッセル様も!」
周囲の汚い大人のせいで、子どもたちが悪いことばかり覚える。ハディスがきょとんとした顔でヴィッセルを見た。
「僕の弟も妹も頭がいいってことだよね?」
「ああ、頼りになるきょうだいたちだ」
「心がぜんぜんこもってねーよ」
ルティーヤは悪態を飛ばすが、フリーダはにこにこしている。ナターリエが疲れ切った溜め息を吐いた。
「……とにかく、時機がくるまで現状維持ってことでいいのかしら?」
「そうなるな。だが女神かその器か、この王子を切り捨ててはいないという情報は大きい。お前のおかげだよ、ハディス」
首を横に振るハディスに、ヴィッセルが優しく微笑みかける。
「すぐにでもベイルブルグ奪還に向かいたいかもしれないが、今日は休みなさい」
「ここで?」
「お前の好きなところでかまわないよ。私は帝城に戻って会議を終わらせないと」
「僕が転移で送るよ。それでまた、ここに一緒に戻ろう。そうしたら時間もとらないし」
そう言ってから、はっとハディスがジルに振り返った。
「だめかな?」
転移は魔力を使う。だが運ぶ距離と質量に依存するので、ここから帝城までヴィッセルひとりと往復する程度ならば、大した魔力にはならないだろう。
「わたしはいいですよ。ヴィッセル殿下なら陛下を疲れさせないでしょうし」
その点についてはジルよりも厳しいだろう。ハディスがほっとした顔になった。
「よかった。ヴィッセル兄上はどう?」
「それがお前の願いなら、いくらでも。ただし館の片づけはするように」
最後のはルティーヤ含む蒼竜学級の子どもたちに向けられた言葉だ。しかめっ面になるもと教え子たちに、ジルも声を投げた。
「破られた罠なんて放置していてもしょうがないだろう。わたしも陛下がいない間に罠を全部見てやるから」
「全部壊されるじゃん! 折角作ったのにさあ」
「あっでも今夜は竜帝のごはん食べられる!?」
ばっと子どもたち全員に一斉に見られて、ハディスがたじろぐ。ルティーヤが呆れた。
「そんなんどうだっていいだろ」
「よくねーよ、金竜学級の奴らそれが自慢なんだよ! 自分たちは作ってもらえるって!」
「それとも俺たちに自慢しろってか、ジル先生の料理を!?」
「あっ馬鹿!」
「じゃあこうしよう」
笑顔で拳を握りながら、ジルは告げた。
「六百数えてやるから、お前たちは今から罠を設置し直せ。そうだな、わたしの目標は照明玄関からさっきナターリエ殿下が言っていた地下室にこの棺を運びこむことだ。陛下が戻ってくるまでにわたしが目標達成できなければ、お前らの勝ち。陛下の手料理を許可してやる。でも、もし陛下が戻る前に」
「おい馬鹿兄貴ども、早く帝城に戻れ! んでそっこー会議終わらせて戻ってこい!」
「わっわかった!」
「別に私はどうでも」
説明の途中なのに、ハディスがヴィッセルと一緒に消えた。内心で舌打ちしつつ、ジルは説明し直す。
「説明を聞け。わたしがお前たちの罠を突破し地下室にたどり着いたら」
「急げ十分しかないぞ、罠の工作は三班、一班は最前線の防衛、二班は補佐! ナターリエ、フリーダ、こい!」
「えっなんでよ」
「人質だよ!」
「だから聞け。任務達成でわたしの勝ちだ。そうしたら」
「蒼竜学級、各自戦闘配備! まずは逃げろ!」
「聞かずに逃げるな、全員にわたしの手料理を食べてもらうからな!!」
フリーダとナターリエを引っ張って、全員が逃げ出す前に叫んだ。耳には届いたはずだ。
(そこまで嫌か)
誰もいなくなった裏庭に風が吹く。ふっと笑みを浮かべたジルは、ジェラルドの棺をつかんだ。片手で持てる重さだが、つかみにくいほうが厄介だ。背負うにしても、ジェラルドが入っているので、ジルの身長より高さがある。
しょうがない、武器代わりにでも使おう。何せ、女神の愛で傷ひとつつかない頑丈な棺らしいので。
(大変だな、このひとも)
このひとは妹に守られるなんて望んでいないだろうに。そう思いながら、よいしょと持ち上げた。ぶんぶんと振り回してみたら、なかなかよさげな感じがした。




