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天空都市と呼ばれるラーエルムはとにかく高所にある。ゆったりとした坂をおりるようにして馬車は高原を進み、見知らぬ森に入った。
同行者はヴィッセルのみで、馬車は一台きりだ。護衛は竜妃殿下ひとりで十分、というヴィッセルの言葉はちゃんと嫌みだったので、安心してしまった。
馬車の中で、帝城のコックが「竜妃殿下に!」と用意してくれた昼食をもりもり食べ、満腹になったところで馬車が止まる。竜ならば小一時間もかからず着く距離だが、洋館の周囲は高い木々に囲まれていて、何頭も竜を着地させる広場がなさそうだった。ただ、竜の巣が近いらしく、空を飛ぶ影を馬車の中から見かけた。
古めかしいがきちんと手入れされている凸型の洋館は、ひっそりとしていた。ヴィッセルが先頭で階段をあがり、鍵を出して、扉を開く。
「ここは皇族用の保養地だ。お前の持ち物のひとつだよ、ハディ――」
ヴィッセルが一歩、館に入った瞬間、ざばあっと音がして大量の水が降ってきた。
「……」
魔力の反応はなかった。というか、敵意を感じなかった。目の前でずぶ濡れになった兄の背を眺めながら、ハディスもまばたいている。ジルはそうっと玄関をくぐり、上を見あげた。天井から吊されたタライがひっくり返って宙づりになっている。扉に仕掛けがあったようだ。
「誰が引っかかった~? なんだヴィッセル兄上かよ。つまんないの」
呑気な声で広間に続く二階の階段からおりてきたのは、皇弟ルティーヤである。ひょいっとそのうしろから、次々と同世代の子どもが顔を覗かせる。
「ジル先生と竜帝と皇太子なら、引っかかるのはそうなるよな……」
「センセ、おひさ~! わー竜帝ってば相変わらずイケメン~~」
「ってかまずいんじゃない? 宰相様はさすがに」
「――ルティーヤ」
ぽたりと滴を床にたらして、ヴィッセルが顔をあげた。いい笑顔だ。ジルがそっと目をそらすと、同じように目をそらしたハディスと視線がかち合った。
「どういうことか説明しなさい」
「罠だよ。防衛するために僕らいるわけだろ? でも僕らの腕じゃ、魔術の仕掛けは逆効果になりそうでさ。なら子どもだましのほうが意表がつけるだろ」
「なるほど、魔術に長けた敵には逆に情報を与えてしまうからな」
「つまりこれがあなたの教育か、竜妃殿下」
つい感心して評価したジルに、ヴィッセルが鋭い目を向ける。ジルは肩をすくめた。
「この子たちを使うなら覚悟の上なんじゃないですか」
そう言って階段上に鳥のように並んでいる子どもたちを見あげる。面子は予想していたとおりだった。
採用は、金竜学級と似た理屈だろう。護衛はつけたいが、正規の軍人を使いたくはない。特にこちらの場合は案件が案件だから、表向きルティーヤのご学友として堂々と招けるところが便利だ。裏技とか反則技が得意であれば、なおさら。
「蒼竜学級、全員か? 見えない顔もあるようだが」
「そっちは作業中。全員きてるよ、ロジャー先生は相変わらず行方不明」
「金竜の奴ら、ついてきてないんだ? 竜帝の護衛とか張り切ってたくせにウケる~」
「なあに、今の音。今度はペンキでもぶちまけて――ヴィッセル兄様!」
さらに奥から出てきたナターリエが、青ざめて走り寄ってくる。すでにタオルを持っているのは、この騒ぎが日常茶飯事だからだろうか。
「ずぶ濡れじゃない、風邪ひくわ。とりあえず拭いて――ルティーヤ!?」
「不幸な事故だよ」
「そんなわけないでしょう! お風呂をわかして、今すぐ」
おまかせあれ~と蒼竜学級の子が答える。下働き代わりもやっているらしい。
ヴィッセルにタオルをかぶせ、ナターリエが顔をしかめる。
「ごめんなさい、ヴィッセル兄様。あの子たち、私の言うことなんて聞かなくて……気をつけて。この館、もうどうなってるか私にもわからないわ」
「へえ、やりますねあの子たち! どんな感じかな」
これはもと教官として採点しなければと周囲を見回すジルを、ナターリエがにらんだ。
「困ってるのよこっちは! 安全な道順は知っているけれどどこまで本当か……」
「ならナターリエ、ハディスと役立たず教官を案内しなさい。時間がもったいない」
タオルの下からヴィッセルに言われ、ナターリエがまばたく。
「私も身支度が終わったら向かう。行きなさい」
「でも……ヴィッセル兄様、無事でいられる……?」
「私が子どもの悪戯ごときに屈するとでも?」
鼻で笑い、ヴィッセルがタオルで濡れた頭を拭きながら、ナターリエがきた道と反対の道へ向かう。ヴィッセルの背中が消えた廊下の奥から、何やら派手な物音が響いた。おお、と階段上で様子を見ていた子どもたちが手すりから身を乗り出す。
「あっち何しかけたっけ? 誰担当?」
「アタシ見てくるー、ラーヴェ皇太子殿下の生き様」
喜々とした顔でヴィッセルを追う子どもたちを、信頼はしているのだろう。ナターリエは渋い顔でこちらに振り向いた。
「……あの子たちにまかせましょうか。ルティーヤ、案内して」
「え~」
「えーじゃない、正確な場所を知ってるのはあなたでしょ。ここに着くなり、自分が管理するって勝手に持っていって」
ナターリエはにらまれ、しぶしぶといった顔でルティーヤは何人かつれておりてくる。同じ高さに立って、おっとジルはまばたいた。
「伸びたか? 背」
「み、みんな伸びてるよ。ノインなんか最近、成長痛だとか自慢しやがって……」
「いいなあ、わたしも伸びてるはずなんだが」
「ジルジル、僕もちょっと伸びてるからね」
うしろからひっついて自己申告してきたハディスに、ナターリエが呆れる。
「ハディス兄様はもう伸びなくていいでしょ、無駄に大きいと邪魔よ」
「邪魔!?」
「いいからルティーヤ、案内して」
「あ~もう掘り出せたとは思うけど」
「掘り出せた?」
ジルとハディスだけでなく、ナターリエまできょとんとしている。ルティーヤは端的に答えた。
「埋めたんだよね」
「……埋めたって、何を」
「人目につかせるなーとか面倒じゃん。あの棺も魔術も頑丈そうだし、いっそどっかに埋めればいいんじゃねって、みんなで裏庭に埋めた」
子どもらしい暴挙を隠しもせず、ルティーヤがぼやく。
「くるの早くて明日だと思ってたからさ~ノインのやつ張り切りすぎだろ」
「――そういう問題じゃないでしょう! あなっあなた、ク、クレイトスの王子を裏庭に埋めるなんて!」
ナターリエの叫びに、ジェラルドの現況をやっと呑みこんだジルとハディスは、そろって噴き出す。不謹慎よ、とナターリエが怒るのはもっともだったが、笑いは止まらなかった。




