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方向性が決まれば話は早い。ハディスの帰還準備はすみやかに進められ、翌日には出立となった。竜の女王であるレアがノイトラールに残る――ローを守りラーヴェ様をお救いする準備を整えると宣言し、ハディスも許可してしまった――ので、ハディスの搭乗竜はジルの騎竜マイネが選ばれた。
正確には、ジルとハディスが一緒にマイネに乗る。「乗せてあげます!」「よろしくね」という会話はあったものの、体格差があるので手綱はハディスが持つことになる。肝心のマイネは竜帝を乗せるという偉業に興奮が隠せない様子で、ジルはすねたくなった。
だが、ノイトラール城の広々とした竜の発着場に出た瞬間、そんな思いも吹き飛んだ。
「ラーデア士官候補生ノインです。よろしくお願いいたします」
石畳の広場に綺麗に整列した子どもたちの姿に、ジルは叫ぶ。
「まだラーデアの士官学校は開校してないが!?」
「では改めまして、もとラ=バイア士官候補生ノイン及び金竜学級全員、竜帝陛下がお呼びときき馳せ参じました。全員、敬礼!」
完璧な敬礼を向けられたジルの背後のハディスは、にこにこと答える。
「僕の護衛、君たちなんだ。久しぶりだね、元気にしてた?」
「おかげさまで。陛下もご健勝で何よりです」
「待ってください陛下、この子たちまだ学生ですよ! なんでまたロルフはお前たちを」
「蒼金の竜翼団の噂を聞きまして、私も奮起いたしました」
ジルはぎくりと身をこわばらせた。背が伸びて穏やかな笑みが似合うようになってきたノインの顔に「お前が今更言えた義理か」と書いてある気がする。
「未熟な身ではありますが精一杯、つとめさせていただきます。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
「君は絶対、出世するね」
「おほめにあずかり光栄です、陛下」
絶対ほめられたことではないと思ったが、ノインはそんなこと百も承知で頷いている。以前は傲慢なほどまっすぐな子だったのに、すっかり処世術が身についてしまったらしい。
「でもみんな本当に嬉しいんです、お力になれて。聞いてます、ベイルブルグの一件」
含みのある言葉は、ラーヴェのことを指していた。ぎくりとジルは身をこわばらせる。
だが、ノインとうしろに並ぶもと金竜学級の子どもたちは、曇りなくハディスを見つめていた。
「絶対に助けましょう」
「……うん、ありがとう」
ハディスが頬をゆるめて頷く。ロルフは一時期この子たちと一緒にいた際に、ハディスとの関係も聞き出していたのだろう。人選の正しさは認めざるを得ない。
「蒼竜学級はどうしてるんだ? この間、一緒にいた子もいるだろう。紫竜学級も――あと、ロジャー校長先生もな!」
ついつい八つ当たりめいた言い方になったが、しかたない。
ジルがラーデアに建てる予定の士官学校の校長ロジャーの正体は、ハディスの兄ルドガー・テオス・ラーヴェである。皇位継承権を捨てて皇籍を抜けた負い目からか、きょうだいにあまり顔を見せたがらず、裏で動き回っている。この間など、よりによって竜神も女神も否定する陰謀論集団方舟教団アルカに潜入していた。
出立の準備にてきぱき動く同級生たちを見つめながら、ノインが答える。
「ロジャー先生は単独行動です」
「またか……今度はどこに忍び込んでるんだか」
「でも蒼竜学級も行方不明ですよ、表向きは。ルティーヤに召集かけられたみたいで」
目で問うジルに、ノインは笑ってそれ以上答えず、出立の準備にかかった。
想像以上に、ノインたちとの帝都帰還の道のりは快適だった。
見張りも交替でやってくれるし、何よりハディスとの接し方がうまい。「ラーヴェ様は今、どうなっているのか」などという議題を遠慮なく持ち出せるのは、子どもならではの強さだ。たとえ子どもの浅知恵でも、ラーヴェを助けるための真剣な議論に、ハディスが否を答えるわけがない。野営を学びたいという子どもたちのために、あえて竜舎は使わずに山菜の見分け方まで教えていた。
明日は帝都という夜に、残った食材をすべて使い皆に料理を振る舞ったハディスは、ジルが知るいつものハディスだった。
「子どもってすごいんだな……」
「何、突然?」
つぶやきは空の風に流されなかったらしい。マイネの手綱を持ったハディスに、背中越しに聞き返されてしまった。
「子どもたち、すごいなって思ったんですよ。マイネだってすごく気を遣ってるし」
気の強いマイネが竜帝を乗せているのに先陣を切るでもなく、陣形のいちばん安全な場所でおとなしく飛んでいるのは、子どもたちへの気遣いだ。遅れが見えても決して苛立たず、ゆっくり見守っている。子どもたちが乗っている竜と、何やら打ち合わせている場面も見た。
「陛下もなんか、わたしとだけより楽しそう……」
「そんなことはないよ。にぎやかだなとは思うけど」
「気を遣わなくていいんですよ、ちょっと悔しいけど、悪いことじゃないです。わたし絶対、陛下の子ども産みますし!」
ぐっと拳を握ったジルの背後で、ハディスが一瞬固まった。お、とジルは振り返る。最近見なかった反応だ。顔を見たかったのに、先に頭の上で顔を伏せられてしまった。
「……一応、君もまだ子どもだから」
「陛下が言うとぜんぜん説得力ないですね」
「ちゃんとしようとは思ってます、これでも! でも、君は――」
言いよどんだ先がわかって、ジルは笑った。
「わかってますよ。わたしは竜妃で、陛下の妻ですから。自分で決めたことです」
だから、ずっとそばにいられる。今も、誰にも邪魔されずここにいられる。
「それに、育児は陛下に丸投げできるって安心しました!」
「協力はして!?」
「陛下、帝都ラーエルムが見えました!」
先頭を飛ぶノインの報告に、ジルとハディスは前を向いた。




