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やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中  作者: 永瀬さらさ
第八部

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 また後方で魔法陣が輝いた。クレイトスの軍勢も迫ってくる。

 ハディスが立ち上がり、とんと軽やかに甲板を蹴った。ローを肩に乗せたハディスの足場になるのは、竜の女王であるレアだ。

 頬を叩いて、ジルもマイネに飛び乗る。クレイトスの船は横並びでまっすぐ、こちらを目指してやってくる。目標はそう遠くない後方にいる。

 必ず無事に、傷ひとつつけずに、送り届ける。いや、女神にだって傷ひとつつけさせるものか。ジルは竜妃だ。ついていくことが許される。


「やあ、竜帝君。やっとのお出ましか」


 南国王の声が聞こえた。だがその表情がすぐに変わる。


 竜神が、器に戻るだけ。ヒトの姿も竜の姿も持っていた、本来の姿にもどるだけ。

 だから魔法陣も何も必要ない。

 ただ、辺り一帯を白く染め上げながら輪郭を再構築されていく。


 長くなった黒髪が澄んだ空に夜を佩く。


 風に吹かれるだけで、星屑のように白銀の魔力が舞う。


 長い睫に縁取られた瞳が、開かれる。


 太陽と月をとかした金色が、世界をまなざす。



 誰かがつぶやいた。畏怖をこめて。輝きに焼かれないように、祈りをこめて。

 赦しを請うて。


 ――かみさま。



「撃ち落とせ!」


 本能的な恐怖を振り払うような叫びだった。示し合わせたわけでもないだろうに、対空魔術の攻撃が一直線に、真昼の輝きを焼き捨てるために襲い掛かる。

 けれどその魔力は、すべて目の前に現れた結界の前に霧散した。まばたきしている間の出来事だった。


「ひるむな、あれにもう大した力はない!」


 すくむ兵を鼓舞するように叫んで向かってくるのは、ルーファスだ。

 竜帝が、手を開いて、剣を取る。

 天を戴く、神の剣。

 だが、ジルは瞠目した。レアがいる。女神の護剣は、竜を墜とす力があるのだ。


「陛下、気をつけ――!」


 振り払うように、横になぎ払っただけだった。護剣が霧散し、ルーファスが瞠目する。


「お前たち、まさかわかっていないのか?」


 落ちていくルーファスを眺めながら、竜帝が答える。



「今、目の前にいるのは、神だ」



 天剣が分裂した。


 竜帝の前に並んだ天剣が、一斉にクレイトスの船に襲い掛かる。対空魔術を真っ二つに切り裂き、結界を突き破り、船を沈める。

 鳥のように軽やかに、鋭く飛び交う天剣は単純な動きではない。おそらくすべて遠隔操作しているのだ。威力と精度が違う。

 竜帝が空を蹴った。レアが咆哮する。


『竜神ラーヴェ様の御前である! 道をあけよ、人間ども!』

「かまうな、ベイルブルグを落とせ!」


 半分にわれた船の上から叫び返したのは、ルーファスだ。


「我らクレイトスの民、女神の愛を信じる者! 慈悲なき理に惑わされるな!」


 その手に再び光り輝く剣が現れた。当然だ。彼の剣は、女神を守るためにある。

 竜妃の神器が、竜帝を守るためにあるように。


「女神はベイルブルグをご所望だ――竜帝は女神の守護者たる私が止める!」


 ルーファスが船から船へ飛び移る形で、ハディスの追跡に向かう。振り向いてしまったジルに、ジークが叫んだ。


「行け、隊長! こっちはいいから!」

「対空魔術再構築。サーヴェル家、竜を墜とすぞ!」


 クリスの指示が聞こえる。


「だったら鶏はどうかしら、それ行けソテー!」

「コッケエエエエエ!」


 女神の魔法陣はまだ輝いている。そう遠くなく上陸戦に移行する未来がみえた。けれど。


「何を迷っとる竜妃、竜帝をひとりにするな!」


 ロルフの怒鳴り声に、ジルは手綱を握り直した。マイネが全速力で飛ぶ。背後でリステアードの号令が聞こえた。


「竜騎士団、散開! 我らは、ベイルブルグは落ちない! 我らには竜神の翼がある!」


 半壊した船を魔力で飛ばしているルーファスの背中が見えた。追いついてきたジルを一瞥して、ルーファスが苦笑いを浮かべる。


「やあ竜妃ちゃん、お互いつらい立場だねえ」

「お前は行かせない、女神もここで沈める!」

「強欲だ。本物の代役を相手にするには、僕では力不足なんだけど、ね!」


 船を叩き壊すと、ルーファスが海面に立つ。その背後で、魔力の一閃と大きな水しぶきがあがった。魔法陣が割れる。ルーファスがつぶやいたのは、彼の娘の名前だ。

 海面を蹴ったルーファスの前に、ジルは回りこむ。


「行かせないと言ってる!」

「どけ竜妃!」

「ルーファス様! 竜帝がきます、頼みます!」


 ロレンスの声だ。白い波を立て、ベイルブルグからせり出した岬へ小さな船が走っていく。

 今度はジルがマイネを方向転換させる。だがその前に、ルーファスが回りこんできた。


「邪魔をするな、南国王!」


 あそこにフェイリスがいる。ルーファスが笑って、少し上を見あげた。

 そこには船を追いかけてくる竜帝の――ラーヴェの姿がある。それを阻むように、ルーファスがジルを無視して飛んだ。


「下がれ、道化」

「お断りだ。人間をなめるな、神め!!」


 振りかぶった竜帝の一撃の前に、ルーファスの結界が展開した。押しとどめ、割れずにいる結界にラーヴェが片眉をあげたのが見える。


「なるほど、確かに女神の守護者だな」

「そうだよ。僕の代で終わる予定だけれどね……!」


 聞き届ける前に、ラーヴェが天剣をまた分裂させた。ルーファスが頬を引きつらせる。


「だが所詮、ヒトだ」


 そのまま天剣が一斉に襲い掛かった。一本目でルーファスの護剣を蒸発させ、背後から襲った二本目で結界を割る。三本目をルーファスはよけた。

 だが、四本目は、懐に入りこんだ、本物だ。


「心配するな。クレイトスさえ消えればお前たちも解放される」

「――それをっお前が言う」


 続きは、血に変わった。胸を貫かれ、吹き飛ばされたルーファスが海に沈む――と思いきや姿が消えた。


「えっ転移した!? あの状態で」

「女神だよ」


 海面にそっとおりたラーヴェが顔をあげた。

 少女が、ひとり、岬の灯台に立っていた。

 その逆卵形の輪郭は、戦場にあっても汚れひとつない。白皙の肌は、降り積もった雪のように透明で、風が運ぶのは、花の香りだ。

 女王がラーヴェ本土に、立っている。

 どこかから歓声と、怒号があがった。まだベイルブルグ上陸はなっていない。だが、このままでは――唇を噛んだジルは、フェイリスと横に従うロレンスをにらむ。ロレンスはこちらを見てわずかに笑ったが、フェイリスはジルを見ていなかった。


「おにいさま」


 その呼び声と、美しい所作で、気づいた。

 黒槍を彼女は持っていない。知らず、正しくその名を呼ぶ。


「女神クレイトス……」


 ハディスと同じく、その身に神を宿した少女の青い目が微笑む。


「このときを待ってたわ、おにいさま。ねえ、おにいさまは?」

「引く気は?」


 ラーヴェは海面に波紋ひとつ起こさず立ったまま、尋ねた。


「聞いてるのはわたしよ、おにいさま」

「ないんだな、わかった」


 クレイトスの背後から、大きな黒い影が浮かび上がる。


『我が夫に触れることはまかり通らぬ、女神!』

「おにいさまはいつもそう、クレイトスの話をちっともきいてくれない! 愛を解さない!」


 レアが吐き出した業火を、女神は振り向きもせず、気迫だけでかき消した。レアが吹き飛ばされ、地面に墜落する。巨躯が叩きつけられ、岬にひびが入る。

 落ちてくる女神が、黒槍を振りかぶる。


「ほら、今だって顔色ひとつ変えやしない!」

「嬢ちゃん。離れとけ。レアを頼む」

「はっはい!」


 マイネを上空にあげたジルとすれ違うように、魔力が爆発した。先に女神の軽い身体が吹き飛ばされる。それを分裂した天剣が追いかけるが、突然現れた黄金の輝きに阻まれて砕け散る。

 オーロラのように女神を守るそれ。見覚えがあるその輝きに、倒れ伏しているレアに駆け寄ったジルは目を凝らす。顔だけをあげて、レアが唸った。


『おのれ、竜妃ども……!』


 あ、とジルは思い出す。ラキア山脈にあった、あの魔法の盾だ。

 クレイトスの哄笑が響き渡った。


「かわいそうなお兄様、だから竜妃にも裏切られる!」


 空中で女神と対峙したラーヴェは答えなかった。ただ、嘆息した。そして、告げる。


「お前たちはもう竜妃などではない」


 黄金の幕に、ひびが入った。


「お前たちが竜妃でいられる道理はもはや存在しない」


 クレイトスの笑みが引きつった。


「どの竜帝も、お前たちを心から愛していた。理ある愛を捧げた」


 ぱりん、ぱりんと、硝子が割れたような音が鳴る。黄金の盾が、ひび割れていく。


「だがお前たちは理なき愛を求めた。だから俺の愛したお前は、この先にはいない」


 ジルは息を呑んで、左手をつかむ。

 同じ色の指輪を、なくさないように。


「愛していたよ」


 黄金の盾が弾け飛んだ。粉々になった欠片が、涙のように落ちていく。その中を、天剣を握ったラーヴェが天翔る。


「せめて俺は、お前が愛した俺のままでいよう」

「そうやっていつもいつも、自分ばかりが正しい顔をして!」


 激昂したクレイトスの周りに花を描くように、黒槍がいくつも現れた。


「愛なき理よ、地に墜ちろ!」


 太陽が爆発したかのように、あたり一面を白で覆い尽くした。

 空も海も大地もすべて輝いて、魔力が散らしながら花が地面に墜落する――そのあとは。


「理なき愛よ、天を仰げ」


 天の道標を握った男が空にひとり、残るだけ。


「お前は俺に、勝てない」


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― 新着の感想 ―
愛なき理。 理なき愛。 本当に相いれないんだなぁ、と悲しくなりました。 ん。 お話としては、とてもとても楽しんでます。 理あるではなくとも、 せめて理からは外れない愛、がよいかなぁ? 理通りの愛は、さ…
『せめて俺は、お前が愛した俺のままでいよう』 歴代竜妃達…もそうだけど、それ以上に初代竜妃様に向けてなのかな… 初代竜妃様も、恨みは女神に、ジルちゃんの背中押してあげてたから… 愛してた人に裏切られた…
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