39
薄手のマントの紐が結ばれたところで、扉を叩く音がした。黒槍を手に取り、フェイリスはマントを翻して振り向く。始まったのは、わかっていた。
「フェイリス様。ルーファス様が、しくじったようで。ちょっと早いですが出発です」
苦笑い気味だが、ロレンスは少しも困っていそうではない。
「お父様はどちらに?」
「最前線におられます。たぶん竜妃が出てるんじゃないかな。今のうちにお願いします」
頷き、歩き出した。最後尾にいるこの船の甲板には、魔力強化の魔術が描かれている。アルカから奪ったろくでもない魔術のひとつだ。魔力の消費と兵の消耗を考えれば何度も使えないが、その魔力もアルカから補給しているのだから本当にろくでもない。
でも竜帝を斃すためなら――愛のためなら、すべて許される。
「まずは竜帝を引きずり出してください」
黒槍の底で、甲板を叩く。女神の魔力を吸い取った魔法陣が、天に向けて輝いた。
■
海の向こうで輝いた魔法陣を見て、ああ、とラーヴェは溜め息のようにつぶやいた。器が、視線を向ける。
「何、あれ」
「古い魔術。魔術強化だ。使ってんのは女神だな」
「ぎゅう」
不愉快そうに足元で金目の黒竜が鳴いた。ハディスが抱き上げる。
「行こうか」
「行くしかないかあ」
「しょうがないよ。守りたいものがたくさん、増えたし」
それはいいことだ。金色の目を細めて、ラーヴェは笑う。
そう、この世界を守らねばならない。そのために理は、自分は在る。




