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爆発は魔力も何も関係ない、力業だった。なんでも魔力に頼るクレイトスでは見抜けないと言わんばかりだ。おそらく爆薬を大量に積んだ船か何かがあったのだろう。
最初の爆発音と一緒に、船が大きくかしいだ瞬間、リステアードは宙に放られた。
甲板の端のほうまで蹴り飛ばされていた身体は、容易に船の縁を跳び越えていく。背中の下には海面。多分、海底には海竜が待っているのだろう。
でも、わからなかった。どうして自分を助けようと、彼が考えたのか。
紙袋を投げ捨て、迷わずリステアードの身体を放り投げたアーベルはこちらを見ていた。呆然としているリステアードを小馬鹿にするように、笑う。
悲鳴と断続的な爆発音に紛れて消えてしまうはずの声が、ちゃんと耳に届く。
「アンサス戦争を、間違いにはさせん」
――たとえ後世に、愚か者と誹られようとも。同じ言葉を叔父が言ったことを、彼は聞いていないはずなのに。
「お前も、兄の死を間違いにはさせるな」
「やってくれたねえ、アーベル・デ・ベイル!」
煙の中から放たれた魔力の光線が、アーベルの身体を貫いた。笑いながらルーファスがやってきて、リステアードに視線をさだめる。
「だが皇兄は逃がさないよ、アンサス戦争の英雄のおまけごときと引き換えでは割に合わない」
「それはこちらの台詞だ、ルーファス・デア・クレイトス」
ルーファスの足首を、倒れたアーベルが握る。ルーファスが視線をさげた。
「お前らも竜帝と変わらん。メルオニス様を、ゲオルグ様を、惑わせ利用した!」
取り出したのは、紙袋に入っていた何の変哲もないライターだ。
魔力を使わぬ、人間の知恵。そこから生まれる火を、彼は身に纏う。
「ここは我々のラーヴェ帝国だ、出ていけ女神の下僕ども!」
上着の下に身につけられた爆弾が、爆発した。人影が一瞬で燃え上がる。あれでは遺体も残るまい。でも、それがアーベルの望みだとわかった。
きっと彼は、ずっと、仇をとりたかったのだ。でも、無駄死もできなかった。
落下しながら、喉の奥が鳴った。言葉にならない。
海面すれすれのところで、風のように現れた影が、リステアードの身体をすくった。ブリュンヒルデ、とつぶやくと、何もかもわかったように彼女は小さく鳴く。
息を吐き出して、起きあがる。遠く船影が見えた。黒竜に守られた船に乗っているのは、当然、竜帝たるハディスだ。
「リステアード兄上!」
腹に力を込めて、根性でブリュンヒルデから甲板に降りたってみせた。ハディスが視線を向けた瞬間、手枷が音を立ててわれた。魔術を解いてくれたのだ。
「大丈夫? スフィア嬢はちゃんと、ベイルブルグに戻したよ」
「わかっている」
「……アーベル・デ・ベイルは?」
こちらをうかがうように尋ねる弟は、何が起こったからたぶんわかっている。抱き締めてやった。びっくりしたように、ハディスが腕の中で固まっている。
「助けてくれて、ありがとう」
どんなに惨めでも、言うべき言葉はそれだ。うん、とハディスは頷いた。
「僕は、立派なベイル侯爵になりたい。助けてくれ」
「えっ?」
「どうして驚くんだ」
「兄上が、助けてくれって頼むなんて、珍しくて」
そうかな、と考えて、そうだと思い直した。今までの自分はたぶん、そうだった。
助けるべきだ、なんて言わずに、助けてくれと言えば、変わっていただろうか。くだらないことを考えて、首を振る。
「大丈夫だ。その分、お前も助ける」
まばたいて、ハディスは小さく頷いた。その背中を叩く。
「女神の器がおそらくきているぞ」
「ん、わかった」
「南国王も無事だ。あれでは死なない。だが今なら奇襲になるだろう」
「わかってる」
ハディスが前を見る。だいぶ戦線は押し迫っていたらしく、クレイトス軍の船がもう目の前に迫ってきていた。迎撃に真っ先に飛び出したのは、赤竜に乗った小さな影だ。
「陛下、わたし行きます!」
「僕も行こう、ブリュンヒルデ」
ハディスに不安げな目を向けられ、リステアードは笑った。
「無茶はしない。竜妃の補佐をするだけだ。色々魔術を準備しているようだったから、何か仕掛けられている可能性が高い。お前はあとから出てこい」
「……わかった」
ずっと握り締めていた鉄の指輪を、合う指に嵌め、弟の背中を叩いた。痛いとぼやく弟に笑い、ブリュンヒルデを見あげる。
大丈夫だ。自分は一緒にこの背中を、空を、守っていける。




