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やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中  作者: 永瀬さらさ
第八部

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38

 爆発は魔力も何も関係ない、力業だった。なんでも魔力に頼るクレイトスでは見抜けないと言わんばかりだ。おそらく爆薬を大量に積んだ船か何かがあったのだろう。

 最初の爆発音と一緒に、船が大きくかしいだ瞬間、リステアードは宙に放られた。

 甲板の端のほうまで蹴り飛ばされていた身体は、容易に船の縁を跳び越えていく。背中の下には海面。多分、海底には海竜が待っているのだろう。

 でも、わからなかった。どうして自分を助けようと、彼が考えたのか。

 紙袋を投げ捨て、迷わずリステアードの身体を放り投げたアーベルはこちらを見ていた。呆然としているリステアードを小馬鹿にするように、笑う。

 悲鳴と断続的な爆発音に紛れて消えてしまうはずの声が、ちゃんと耳に届く。


「アンサス戦争を、間違いにはさせん」


 ――たとえ後世に、愚か者と誹られようとも。同じ言葉を叔父が言ったことを、彼は聞いていないはずなのに。


「お前も、兄の死を間違いにはさせるな」

「やってくれたねえ、アーベル・デ・ベイル!」


 煙の中から放たれた魔力の光線が、アーベルの身体を貫いた。笑いながらルーファスがやってきて、リステアードに視線をさだめる。


「だが皇兄は逃がさないよ、アンサス戦争の英雄のおまけごときと引き換えでは割に合わない」

「それはこちらの台詞だ、ルーファス・デア・クレイトス」


 ルーファスの足首を、倒れたアーベルが握る。ルーファスが視線をさげた。


「お前らも竜帝と変わらん。メルオニス様を、ゲオルグ様を、惑わせ利用した!」


 取り出したのは、紙袋に入っていた何の変哲もないライターだ。

 魔力を使わぬ、人間の知恵。そこから生まれる火を、彼は身に纏う。


「ここは()()()ラーヴェ帝国だ、出ていけ女神の下僕ども!」


 上着の下に身につけられた爆弾が、爆発した。人影が一瞬で燃え上がる。あれでは遺体も残るまい。でも、それがアーベルの望みだとわかった。

 きっと彼は、ずっと、仇をとりたかったのだ。でも、無駄死もできなかった。

 落下しながら、喉の奥が鳴った。言葉にならない。

 海面すれすれのところで、風のように現れた影が、リステアードの身体をすくった。ブリュンヒルデ、とつぶやくと、何もかもわかったように彼女は小さく鳴く。

 息を吐き出して、起きあがる。遠く船影が見えた。黒竜に守られた船に乗っているのは、当然、竜帝たるハディスだ。


「リステアード兄上!」


 腹に力を込めて、根性でブリュンヒルデから甲板に降りたってみせた。ハディスが視線を向けた瞬間、手枷が音を立ててわれた。魔術を解いてくれたのだ。


「大丈夫? スフィア嬢はちゃんと、ベイルブルグに戻したよ」

「わかっている」

「……アーベル・デ・ベイルは?」


 こちらをうかがうように尋ねる弟は、何が起こったからたぶんわかっている。抱き締めてやった。びっくりしたように、ハディスが腕の中で固まっている。


「助けてくれて、ありがとう」


 どんなに惨めでも、言うべき言葉はそれだ。うん、とハディスは頷いた。


「僕は、立派なベイル侯爵になりたい。助けてくれ」

「えっ?」

「どうして驚くんだ」

「兄上が、助けてくれって頼むなんて、珍しくて」


 そうかな、と考えて、そうだと思い直した。今までの自分はたぶん、そうだった。

 助けるべきだ、なんて言わずに、助けてくれと言えば、変わっていただろうか。くだらないことを考えて、首を振る。


「大丈夫だ。その分、お前も助ける」


 まばたいて、ハディスは小さく頷いた。その背中を叩く。


「女神の器がおそらくきているぞ」

「ん、わかった」

「南国王も無事だ。あれでは死なない。だが今なら奇襲になるだろう」

「わかってる」


 ハディスが前を見る。だいぶ戦線は押し迫っていたらしく、クレイトス軍の船がもう目の前に迫ってきていた。迎撃に真っ先に飛び出したのは、赤竜に乗った小さな影だ。


「陛下、わたし行きます!」

「僕も行こう、ブリュンヒルデ」


 ハディスに不安げな目を向けられ、リステアードは笑った。


「無茶はしない。竜妃の補佐をするだけだ。色々魔術を準備しているようだったから、何か仕掛けられている可能性が高い。お前はあとから出てこい」

「……わかった」


 ずっと握り締めていた鉄の指輪を、合う指に嵌め、弟の背中を叩いた。痛いとぼやく弟に笑い、ブリュンヒルデを見あげる。

 大丈夫だ。自分は一緒にこの背中を、空を、守っていける。

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― 新着の感想 ―
『助けるべきだ、なんて言わずに、助けてくれと言えば、変わっていただろうか。』 これってアーベルの事かな…うぅ…辛い…… でも、アーベルのお陰で残ったものは、アーベルやゲオルグ達の想いをちゃんと受け継い…
>>こちらをうかがうように尋ねる弟は、何が起こったからたぶんわかっている。 何が起こったのか、ではないでしょうか。 もう少しで第八部も終わってしまいますね。 猛暑の中、わが心の糧がぁ・・・つ、辛いぃ…
ウポツでーす。
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