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やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中  作者: 永瀬さらさ
第八部

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37

 唇を引き締め、せき立てられるように船内の廊下を歩くリステアードを、ルーファスが冷たく見返した。


「さて、嘘つきの皇兄殿下。それとも嘘つきはあっちかな? 確かめさせてもらおうか」


 ルーファスはアーベルとリステアードの反応を見ながら、情報を判断する気なのだろう。

 もし、アーベルに何か策があるなら自分はいないほうがいい。

 だが、もしアーベルが裏切ったなら――いや、とリステアードは首を振る。そんなはずはない。信じなくてどうする。でもスフィアを海に突き落として――想像だけで血の気が引く思いがした。


(大丈夫だ、海竜がいたなら……彼女は、竜に好かれているから、助かる)


 呼吸が浅くならないよう、ゆっくり息を整える。もし、スフィアを人質にし海に突き落としていなければ、ルーファスはアーベルの亡命を門前払いした可能性が高い。


(……僕は、未熟者だ。自分で思うよりもまだ、ずっと)


 甲板に引きずり出されたリステアードの目を、数日ぶりの太陽が焼いた。まぶしさに一瞬身をすくめて、ゆっくりと目を開き直す。


 ――最後に牢で会ったときより、ほんの少し身なりの整ったアーベルがいた。


 ちょうど甲板に上がったところのようだ。上着を着て、堂々と背筋を伸ばし立っている。何も恥じることはない、と言わんばかりだ。目をひくのは、脇に持っている紙袋だった。魔力の気配はないが、ルーファスもそれを一瞥する。


「お久しぶりです、ルーファス先王陛下。直接お会いするのは旧王都アンサス以来ですな」

「ぬけぬけと言うねえ。亡命をお望みと聞いたけれど、話を聞かせてもらおうか」

「ええ、その前に。そこの人質と少しお話をさせていただいても?」


 眉をひそめたルーファスに、アーベルは紙袋と一緒に両手を挙げてみせた。当然、紙袋も一緒に持ち上がる。


「ルーファス殿下になら魔力の気配はないとおわかりでしょう」

「そうだね。でも、その持っているものは?」

「つまらない土産ですよ。ただ、私の説明がないと解読は困難でしょうね」


 ルーファスは小さく息をついた。


「取引というわけか。ま、いいだろう」


 出ろ、と兵に背中を押し出されて、リステアードは転がるように前に出る。両膝を甲板についたリステアードに、アーベルが鉄の指輪をはずしながら向かってきた。


「よくも散々、私を虚仮にしてくれたな」

「……義父上。あなたは何を考えて……スフィア嬢は、どう」


 胸倉を捕まれたと思ったら、そのまま腹に一撃叩き込まれた。そのまま、裏手で張り倒される。倒れこんだところ頭を持ち上げられた。


「娘の心配をしている場合か? 兄の敵も討てず、無様に転がるだけのお前が」


 両眼を開いたリステアードの前で、アーベルが小馬鹿にしたように笑う。


「竜帝なんぞに心酔して、このままきょうだいそろって無駄死する気か」

「――兄上は!」

「負け犬がほざくな! 人生は勝ってこそなのだ!」

「そこまでだよ。彼は大事な捕虜だ。必要以上に傷をつけられるとあとでもめてしまう」


 ひややかなルーファスの制止に、振り上げられたアーベルの手が止まる。大袈裟に肩をすくめて、立ち上がった。


「これはこれは、お見苦しいところをお見せしました。何分、此奴には散々えらそうに高説をたまわったもので、鬱憤がたまっておりましてな」


 甲板に倒れたまま、リステアードは両目で立ち上がったアーベルの背中を見る。


「それで、君のお土産は? 返答次第によっては彼より君のほうが先に死ぬよ。僕もラーヴェの連中も、君の命を惜しまない」

「これは手厳しい。ですが私はお役に立ちますよ、ルーファス先王陛下」


 アーベルが抱えていた紙袋を再度、持ち上げる。見せびらかしているのだろう。

 その影で、リステアードは身じろぎして、違和感を確かめる。やっぱり、腹のあたりに何かひっかかっていた。殴られたとき、首元から入ってきた冷たい、小さな感触。


「このままラーヴェと戦うのでしたら、今後は魔力に頼らない武器なども必要でしょう。竜は魔力を焼きますからね。海竜がうろうろする海で浮かべる船など、洒落にならない。そのあたりの調達もお手の物です」

「助かるが、絶対ではないね。船底には竜殺しの魔術をかけてある。それで十分だ」

「では、クレイトスで足を引っ張りそうな連中の情報も不要ですか? 彼らはジェラルド王太子とフェイリス女王、どちらにつくかわからない。アンサス戦争後、私は彼らと縁を結ぶことで生き残りました。ですが彼らを突き崩すには、内部からいくしかありません」


 ゆっくりゆっくり、違和感を移動させて、ボタンの隙間から転がり出した。


(――指輪?)


 何の変哲もない、鉄でできたものだ。さっき殴るときに怪我をしてはいけないとばかりにはずした――魔力の気配もない、ただの鉄の指輪。どうしてこんなものを。


「彼らは仲間である目印を持っていないと、決して口を割らず協力もしない。もしジェラルド王子を彼らが保護していたら、その情報を得るには私を使うのが一番の近道ですよ」


 リステアードはゆっくり、鉄の指輪を握り締めた。熱を帯びた指輪がじんわり熱を帯びる。


「……確かに君の有用性は高いようだ。でも、それだけだとしたら拍子抜けだな」

「わかっております。では、ご覧下さい」


 アーベルがゆっくり紙袋をあける。義父上、とリステアードは唇だけ動かした。

 やめろと言えないのも、黙っていられないのも、卑怯だと思いながら。





 ずぶ濡れのスフィアを乗せて、監視につけた竜が戻ってきた。甲板に降ろされたスフィアはくずおれたが、意識はしっかりしているようだ。手首をしばる縄を切ってやると、自分で猿轡になっている白い布を取った。


「スフィア様すみません、すぐに助けられなくて。ベイルブルグに戻る船を用意してますので、戻って休んでください」

「……父が……すみません、最後まで」


 悔しげに涙を浮かべるスフィアの前に、ロルフが立った。


「いちばん、費用対効果のいい武器はわかるか?」


 スフィアがまばたく。ジルはなんとなくわかる気がして、うしろを走るいちばん大きな船を見た。上空を黒竜が守る、ハディスが乗っている船だ。

 このまま、船はクレイトス軍を目指して進む。ロルフは爆発が合図だと言っていた。


「人間爆弾じゃよ。爆弾をくくりつけて、敵の懐に突っこむんじゃ」


 安くて、時間も手間もあまりかからなくて、効果が高い。

 ただし、敵の懐へ飛びこんだ人間は当然、死ぬ。

 瞳を震わせ、笑い損ねたような顔で、スフィアが尋ねる。


「……どうして、そんなお話を、今?」


 答えるように、遠くで爆発音が上がった。一度目を閉じて、ジルは立ち上がる。


「出撃だ、行くぞ!」


 スフィアは待ってくれと言わなかった。涙も流さず、呆然と両手を地面に突いている。

 彼女は知っている。父が自分を人質に、何をよこせと要求したかを。

 そして今、知ったのだ。それらを父が、何のためにやったのかを。

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― 新着の感想 ―
ソフィア嬢に最後のほうで言った褒め言葉は餞だった可能性!? 都合のいいように妄想しておくわ…
「人生は勝ってこそ」 かっこいいなあ。そしてアラカへの鍵も託す。これが婿への餞。 切なくて悲しくてでも、最後に一番彼としては男らしい事をしたのかな ロルフが来た事で、アーベルも腹を決めた策と言う事だ…
牢ですでにアーベルは別れを告げてたんだな。 今度はラキア聖戦の英雄にでもなるがいい、は皮肉も含めた激励かな。 ロルフとしては説得して共に生きて別の策をやって欲しかったけど、それは甘さであって、今後何が…
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