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やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中  作者: 永瀬さらさ
第八部

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35

 久しぶりのハディスとの朝食は、慌ただしい部下たちの声に遮られた。


「隊長! 起きてるな、陛下もいるな!」


 夫の手料理を噛んで、ごくんと飲みこんで、ジルは飛びこんできた部下たちに振り向く。


「どうした、クレイトスが動いたか?」

「違う、脱走だ。もとベイル侯爵だよ、軍港だ!」

「スフィアちゃんを人質に、船を出せって言ってるの!」

「今行く。陛下」


 エプロンを脱いで、ハディスは頷いた。

 ジルとハディスがマイネに乗って軍港の上空に着いたときには、アーベルが埠頭につけられた小型の船に乗りこんだところだった。

 相手を刺激しないよう、取り囲んでいるヒューゴたちのいる場所にハディスと一緒に飛び降りる。竜帝陛下、ジル隊長、と声があがった。


「私が無事クレイトスの船に亡命するまで、手を出すな!」


 アーベルの怒鳴り声に、ジルは足を止めた。

 白い布を噛まされ、後ろ手に縛りあげられたままアーベルの盾にされているスフィアがジルに気づいて、首を横に振る。その間にアーベルは船と埠頭を繋ぐ縄を切ってしまった。


「手を出せば、こいつの命はないぞ。お優しい竜帝夫婦は見捨てられまい」


 娘を前に突き出して、アーベルが下卑た笑みを浮かべる。


「安心しろ、無事クレイトスの船に着けば、こいつは海に捨ててやる。海竜にでも回収させるがいい」


 注意深くジルは周囲を見る。アーベルはひとりきりで、誰か味方がいる気配もない。隣で苦い顔をしているヒューゴに小声で尋ねる。


「なぜ助けない? 相手はひとりだろう」

「え、なんでって」

「行かせてやれ」


 驚いてジルは背後の声に振り向く。ロルフだった。

 何を、と問いただす前に、船が音を立てて走り始める。


「スフィア様!」

「一頭だけ、見張りの竜をつけろ。それくらいならクレイトスも見逃してくれるじゃろ。白旗あげた船がくるんじゃから――全員、ぐずぐずするな。出撃準備じゃ!」

「って爺さんが言うもんだからさ。てっきりアンタの作戦なのかと……」


 ヒューゴの言い分に、ジルは仰天する。


「ロルフお前、勝手にわたしの名前を使って指示を出したのか!?」

「使うじゃろ。それ以外に儂が竜妃の騎士になるメリットなんぞ、ひとっっかけらもない」


 堂々と言われると怒りより呆れが勝る。


「お前な……今度はいったい何の作戦だ。スフィア様に何かあったらさすがに許さないぞ」

「どうじゃ、ぴよぴよ夫婦ども。便乗してリステアード皇子を取り戻すっちゅうのは」


 へ、と声が出た。ハディスも隣で目を丸くしている。


「この策、のるか?」


 ちら、とハディスを見あげると、ハディスが嘆息した。


「……スフィア嬢の無事が大前提だ。でないとリステアード兄上に怒られる」

「結構! なら急ぐぞ、時間がない!」


 背中を叩かれ、ジルはよろける。文句を言おうとすると、ロルフは海の向こう、船が出た先を見ていた。小さく、吐息にも似た声は耳には届かなかったが、唇の動きは読める。


 ――さようなら、だ。


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― 新着の感想 ―
死出の旅、か 過去編読んでから、登場人物に感情移入してるので涙出ますね
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