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やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中  作者: 永瀬さらさ
第八部

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30

 つまりこういうことよね、とカミラがフォークを動かしながら言った。


「向こうの子狸さんは、女神と竜神の力関係を衆目にさらすためにも、女神に竜神を斃させたい、すなわち女王に直接竜帝を倒させたい。でも竜帝には竜妃っていう盾がいる。だから陽動したり、アルカのなんやかんやをパクったり、色々策を練った」

「隊長と戦ったあとの女王に陛下がぶつかると、女王が負けてもおかしくはないからな。そもそも剣技とか体力とか、常識的に考えりゃ成人男性の陛下に軍配があがる」


 ジークがフォークで取ったソーセージをパンに詰め込み、かぶりつく。カミラも思い出したように、フォークでサラダをパンに挟み込んだ。


「んでうちの古狸さんが、その辺の策を台無しにした――というか、不意をつかれるのは回避した。たとえばベイルブルグで南国王と戦ってる最中、大量のクレイトス軍に襲われるとか、そういう展開」

「あとはあの国境付近で竜帝と竜妃の戦力を削られたまま、ベイルブルグ奪還とかな」

「でも、うちの古狸も結局、竜神に女神を斃させたい。竜神が弱ってるなんて話を子狸が流しまくったから。結局、竜帝と女王の直接対決という狸たちの最終目標は同じ。だから、ベイルブルグが決戦場になる。現在、賢い狸たちがその舞台をせっせと整え中。あってる?」

「あっへるほほもひまふ!」


 大皿から直接スパゲティをかきこんでいたジルは、こくこくと頷く。カミラが嘆息した。


「飲み物じゃないのよ、ジルちゃん……ちゃんと噛んでる? 行儀悪くしてるとアタシ、陛下が起きたら真っ先に言いつけちゃうからね」


 ごくん、と飲みこんでジルは大皿を置く。すまし顔で口の周りを拭いた。


「魔力回復にはおなかいっぱい食べるのが一番なんですよ」

「根拠一切ないっておじいちゃん言ってたわよ……」

「サーヴェル家ではあります! 陛下の目が覚めるまではわたしがここの総大将ですからね、食べまくって回復しますよ!」

「それならどう考えても全快してるだろ……ベイルブルグの食糧食いつくすぞ」

「フェアラートからめちゃくちゃ食糧送られてきてるので大丈夫ですよ。すみませーん、おかわり!」


 元気よく頼んだジルに、厨房から待ち構えていたように了解の返事がくる。最初、ジルの食欲におののいていたベイル城の料理人たちも、量がわかってきたようだ。顔と名前が一致するようになった兵たちも、これがおすすめですよ、などと声をかけてくれる。


(よかった。みんな、明るくなった)


 国境付近で倒れたハディスをそのまま竜に乗せ、ジルたちはベイルブルグに移動した。ロルフいわく、リステアードを捕虜にした以上、向こうもベイルブルグで決着をつけようとするだろうから、ということだった。

 到着当時、ベイルブルグは大混乱だった。リステアードを捕虜にして一度目の降伏勧告があったが、期限などの交渉についての連絡がない。レアの指示で引いたものの、リステアード救出に息巻く者たちがいて、ヒューゴが困り果てていた。そこに真っ白な顔で息をしているかもあやしい竜帝と、薄汚れ傷ついた竜妃の騎士たちがやってくれば、不安は倍増する。ジルたちにそんなつもりはなくとも、ベイルブルグ側にすれば「今は竜帝や竜妃の騎士たちを助けている場合ではない」だ。

 そんな彼らを思いとどまらせたのは、ジルではない。


「ジル様、食べ過ぎはだめですよ」


 ――髪をひっつめ、バケツとモップを抱えたスフィアだ。


「スフィア様こそ。ちゃんと休んでますか?」

「はい。今からブリュンヒルデちゃんのお部屋をお掃除しにいきます。怪我でじっとしていると気が塞いでしまうから、お花も飾ろうかと思って」


 援軍は、と詰めよってきた兵たちを怒鳴りつけたとは思えない優しい笑顔だ。けれど、スフィアが言い放った「それでリステアード殿下に顔向けができますか!」というひとことは、ジルの一喝よりよほど、兵たちの矜持を取り戻させた。

 続いた啖呵で「文句がおありなら私がお相手しまふぅ!」と噛んだことも思い出して、笑みがこぼれる。


「なんですか、ジル様?」

「いえ。……スフィア様、帝都には戻らないんですね」

「は、はい。あ、でもリステアード殿下に頼まれた荷物は、きちんと出立してます! わ、私が無理を言って残っただけで……お役に立てないのに、すみません……」

「何言ってるんですか、スフィア様が皆の士気を維持してるんですよ。可憐なお姫様を守る騎士って、燃える役目ですからね」


 きょとんとしたあと、スフィアは自分の姿を苦笑い気味に眺めた。


「なら、それらしくしたほうがいいでしょうか」

「ですね。リステアード殿下が戻ったとき、綺麗なほうがいいでしょうし」

「ふふ。でも、何をしているんですかと怒らせたいかもしれません」

「リステアード殿下は、無事ですよ」


 先回りしたジルに、スフィアは顔をあげたあと、少しだけ頼りなく笑った。


「相変わらずジル様は、お強いですね。……ハディス様は、まだ?」

「ラーヴェ様が大丈夫って言ってますから、大丈夫です」


 目をさましてくれないけれど。あのとき、自分がロレンスの誘いにひっかからなければとよぎってしまうけど。


「ジル隊長ぉ、斥候が戻ってきたぜ。敵さんに動きアリだ」


 厨房からおかわりのスパゲティを受け取ったところで、ヒューゴに声をかけられた。いつの間にかジルの敬称はジル隊長で定まっている。サーヴェル隊長ではないのは、敵との区別をつけるためだろう。

 そしてハディスが指揮をとれない今、ここの総大将がジルだからだ。


「今、行く。ソテー、スフィア様の護衛、頼んだぞ」


 ずっとスフィアの足元に控えていたソテーが、敬礼を返す。


「じゃあスフィア様、また。あ、これよかったらどうぞ。ソテーも食べると思います」

「えっあ、はい……あ、あの、ジル様!」


 スフィアに大盛りの大皿スパゲティを手渡し、踵を返しかけたジルは振り返る。


「お互い、頑張りましょう」


 ジルはちょっと目を瞠ったあと、右腕に力こぶをつくって見せた。スフィアがちょっと笑う。


(やっぱり、スフィア様は強いよなあ)


 リステアードが本当に無事なのか不安でたまらないだろうに、ああして自分のできることをしている。

 だったらジルだって、ハディスが目をさますまで自分のできることをやるだけだ。

 食堂から香草のペーストに燻製肉と野菜挟んだパンを持ち出し、行儀悪くかじりながらヒューゴが横につく。


「南国王の船が消えた。じーさん曰く、時間稼ぎと戦力増強」


 倒れてしまったハディスと同じように、フェイリスも寝込んでいるのだろう。


「案の定、クレイトス側から援軍らしき船影アリだ。南国王の本隊と合流するつもりだろ」

「転移を使わずに?」

「少なくとも、こっちに向かってる船はちゃんとクレイトスの港から出てるな。船のでかさと速さからみて、出発は遅くても二日前。国境であんたらがやり合ったあと出港した船なのは間違いない」

「よくわかるわねえ」


 追いついてきたカミラに、ヒューゴがにっと笑う。


「俺らはこの辺で山賊も海賊もやってたんで」


 経歴が豊かすぎる傭兵だ。


「どうする? 下手に援軍を攻撃したら捕虜の命がって話になっちまうが」

「わかってる。だが、消えた本隊の位置は把握したい。リステアード殿下が捕まってる船もできれば特定したいし――とにかく、援軍を追跡する」

「というと思って、ワルキューレ竜騎士団の皆さんがお待ちだ」


 さすが、準備がいい。竜の発着場へ向かう道と階段の分かれ道で、ジルは足を止めた。


「じゃあわたしはいってくる。ヒューゴは仕事。ジークとカミラは、陛下の護衛とロルフの捜索を頼む。朝から姿が見えない」

「別に、俺がいってもいいぞ。隊長のかわりに」


 ジークの意外な申し出に、ジルはまばたいた。


「竜に乗るのが好きになったのか?」

「いや苦手だが。でも、陛下が起きたとき隊長がいねえとうるさいだろう」


 仏頂面に隠れた気遣いを察して、ジルは笑い、ゆっくり拳を握る。


「そうだな。でも……今は、誰彼構わず八つ当たりしたい気持ちなんだ」

「……おう。そっちか」

「そっちだ」

「いってらっしゃいジルちゃん。でも無茶はダメよ。おじいちゃんは探しとくから」


 ぽん、とカミラに肩を叩かれ、ジルは再び歩き出した。

 リステアードが捕虜になったまま、戦況は膠着している。正直、もどかしい。

 だが、フェイリスが回復すればまた攻め込んでくる。それまでに後悔のないよう、やるべきことをやるのだ――ハディスが目をさますまで。

 外の光の前で立ち止まり、伸びをして、頬を叩く。そして、ハディスとおそろいの革手袋を取り出してつける。

 よし、と気合いを入れ直した。

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― 新着の感想 ―
「文句がおありなら私がお相手しまふぅ!」と噛んだ www されどリステアード救出を訴える兵士たちの暴走を止めるのにはこの「噛み」が、兵士たちの調子を大いに狂わせたと思う。
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