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監視塔に立っていたサーヴェル家の旗を折り、ジルは地面に投げ捨てる。
「このままだと監視塔はわたしのものになるが、いいのか?」
返事はうめき声ばかりだ。背後で応援係に任命されたハディスがつぶやく。
「僕のお嫁さんが強くて怖い」
「ストレスたまってたんだなー嬢ちゃん……あの武器ってふたつとも竜妃の神器か?」
「そうなんですよ!」
くるっと振り向いたジルに、アルカの紋章が入った防寒具を着てもこもこになっているハディスと、フードの中に潜り込んでいるラーヴェがおののく。
「別にひとつしか出ないって決まりはないなと思って、やってみたらできました!」
「やってみたでできるもんなのか……俺、初めて見た」
「どうしても威力は落ちちゃうんですけどね。でも手数を優先するならありかなって!」
女神相手では威力の高いほうを選ぶべきだろうが、実験場としてはちょうどいい。鞭をふるったジルに、ひいっとハディスが震える。
「なんで陛下が脅えるんですか」
「い、いつか僕に向かってきそうでっ……」
「きませんよ、いい子にできてれば。でもやっぱりいませんでしたね、サーヴェル家」
地面に落ちたサーヴェル家の旗を見つめているジルの横に、ハディスも立つ。
「確かに知ってる顔はなかったなあ。――あ、きたよ竜妃の騎士」
「今はアルカの信者ですよ、陛下」
ミレーがものすごく嫌そうな顔で譲ってくれた紫の防寒具をつまんでみせる。こんな状況でも建前は必要だと、ロルフがカニスたちからぶんどったものだ。同じものを、マイネとフリーデンに乗ったカミラとジークも着ている――と上空を見つめていたら、ぽいっとふたりとも塔の上に振り落とされた。
「うっそおおおおぉぉ、ここで落とす!?」
「ロー坊がいねえからってお前ら!」
ハディスが目線をやると、ふわっとふたりの身体が浮かぶ。そのまま着地したふたりは、そろって長い息を吐き出した。
「ありがと、陛下……」
「こら、マイネ! フリーデン!」
塔の上から怒ったが、マイネはちらと見ただけで顔を背けた。フリーデンに至っては完全無視である。
「今から一緒に戦うんだぞ、仲良くしろ。……ローたちは?」
「指示どおり、レアちゃんに預けたわ」
「そうか。レアは……その。怒ってた……よな……」
「今後の協力はロー坊次第だろうな」
レアはローを女神と対峙させたことを怒っているのだ。この先を考えると溜め息が出てしまう。素っ気なくハディスが言った。
「大丈夫だよ、ローだって自分の奥さんを説得する甲斐性くらいある」
「陛下にはないのに……!?」
「あるよ!」
ハディスが叫んだ背後で何か煌めいた。弾丸だ。咄嗟に床を蹴ったジルは弾丸を切り捨て、飛んできた方向に大きな一撃を放った。木々が倒れ、雪が舞い上がって視界が白くなる。うしろを見たハディスが目を細める。
「君のお姉さん?」
「陛下、よけて!」
次は上だ。ジルはまずハディスをぶん投げ、カミラとジークを蹴り飛ばす。
太陽を覆う光が、上空から降ってきた。塔ごとの撃つ魔力の光線の中をかいくぐってくるふたつの影は、弟たちだ。
「よー里帰りか、ジル姉!」
「竜帝とは別れた?」
「残念、まだわたしは既婚者だ、リック、アンディ!」
味方ごと撃つ魔力の波状攻撃の中をかいくぐっての突撃だ。弟たちの成長に少々感動し、ジルも崩れ始めた塔の瓦礫を蹴って飛ぶ。アンディを回し蹴り、その背後から襲い掛かってきたリックの剣を振り向きざまに受け止め、回転をつけて叩き落とす。
「マイネ!」
マイネが上空で、塔を攻撃する魔法陣たちを焼き払う。カミラとジークを空中で拾ったフリーデンも、周囲に展開した魔法陣に炎を吐き付けた。ハディスは涼しい顔で崩壊する塔を見つめている。
「この程度の不意打ちでわたしがやられると思ったか?」
ハディスの横におり、塔の背後にあった崖を見あげる。
相変わらず穏やかな面差しで、かつての副官は答えた。
「まさか、ただの挨拶だよ。――まさか本当に、竜帝がいるなんてね。君が竜帝をひとりで戦場に立たせないのは、読みどおりなんだけどな」
「残念だが、今のわたしたちはアルカだ」
胸を張ると、ロレンスが嫌そうな顔をした。
「その建前を貫くと、遠慮なく討伐していいってことになっちゃうんだけどな」
「できるものならどうぞ。で、お前はここでお留守番か? 女王はどうした」
ロレンスはともかく、アンディとリックはサーヴェル家の中で考えればお留守番組だ。主戦力はどこかにある。ロルフの読みは当たったかもしれない。
「君たちこそ、ベイルブルグも国境も守らず、こんなところで何をしてるのかな。まさかラーヴェ帝国を見捨てた?」
「わたしたちはアルカだ!」
「そうよお」
カミラが外套をひらひらさせる。ロレンスが長々と溜め息を吐いた。
「ほんと調子狂うな。君や竜帝がわけのわからないことをしてくるのは覚悟してたけど……でもやっぱり違うね。君じゃない」
失礼な話だと思ったが、ロレンスが何をさぐっているか察して、ジルは顎を引く。
「君ならまずベイルブルグを助けにいって、国境防衛に帝国軍を回しただろう。こんな迂遠なやり方はしない。そもそも、カミラさんもジークさんも、自分が何をさせられているかわからないなんて状況に置かない。――誰がいる?」
目はジルを映しているのに、その向こうを透かそうとしているようだった。ジルは不敵に笑い返す。
「お前の敵は、今、目の前にいるとおりだが?」
「君は本当に、こういうときだけ演技がうまい。でもまあ、いいよ。間に合ったから」
ロレンスが笑う。冷たい笑みだ。こいつは敵に回るとこういう顔をするのかと、拳を握る。
「もうすぐベイルブルグは落ちる」
「そんなわけ」
否定しようとしたジルの肩に、ハディスがよろけるようにして手を置いた。
「陛下?」
「あにうえが」
ハディスがつぶやく。遠くの空を見る。
ベイルブルグに続く、空を。




