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レールザッツ領からラーデア領を経由しノイトラール領まで走る汽車は、日が傾き始める前に、城塞都市ノイトラールから少し離れた郊外の終着駅に辿り着いた。駅を中心に発展した町だが、ノイトラール公に縁深い者や保養地として貴族が館を所有している賑やかな場所だ。道もきちんと整備されており、汽車旅の疲れを癒やせるよう民宿からホテルまで並んでいる。
女王とその側近は、鶏の乗務員に見送られ、定刻どおり汽車を降りた。そして路地裏で目立たないよう待っていた馬車に乗りこむ――のではなく、城塞都市ノイトラール行きの辻馬車に乗りこまれて、カミラとジークは顔を見合わせた。てっきり、お誘いを受けている貴族の館で休むのだと思っていたのだが、予定変更したのだろうか。
馬車を引く馬具を馬から引き離して追いかければ、なんとかノイトラールで客を降ろすところに追いついた。追いかけてきたカミラとジークに、ロレンスが手を振るのが見えて口端が引きつる。
「気づかれたかしら、ジルちゃんたちもういないこと」
「別にいいんじゃねえの、爺さんに気づかれるなって言われたのはロー坊だ」
カミラが背負った荷袋の中で、ローはまだ寝ているようだ。ソテーはジークが背負った荷袋に、ハディスぐまと一緒に入っている。
開き直って堂々とあとをつければ、ロレンスはあまり上等ではないが決して悪くもない、中等の宿泊先を選んだ。取った部屋を確認し、最近やっと支給された竜妃の騎士の徽章をみせ、カミラたちは隣の部屋を取った。
さっそく壁に耳を当ててみたが、隣室の物音こそ聞こえるものの、声までは聞こえそうにない。在室だけはわかりそうだが、魔術か何かで偽装されるだろう。向こうには女神の聖槍と女神の器がそろっているのだ。ロレンスも魔力が少ないとよく謙遜していたが、同系統の魔力の使い方をししていそうなロルフにおちょくられまくった時間は記憶に新しい。
「このまま隣で見張ってるだけで大丈夫かしら――って、何やってるのよ」
「どうなってんだ、これ」
「うぎゅーっ!」
ジークはローのフード付きのケープをとってやろうとして首を絞めかけ、怒られていた。呆れてカミラは壁際に置いた椅子から立ち上がる。
「交替するわ。あんたは隣の様子聞いてて」
「っつってもな。意味あるか、隣の盗み聞きとか」
「言わないでよ。それともソテーに隣の窓に貼り付いてもらう?」
カミラとジークに見られたソテーが、溜め息をついたあと、窓を蹴り開けて外ヘと飛び出した。ちなみにここは三階である。やってくれるらしい。
すぐに何やらばたばたという音と「またか!」という声、鶏の鳴き声と立て続けに隣から騒がしい音が聞こえてきた。カミラは寝台のシーツをめくり、ローをベッドの下に入れた。
「ローちゃんはちょっとかくれんぼね」
「うきゅ」
「ちょっと、嫌がらせもいい加減にしてもらえますか!」
我らが戦う軍鶏を小脇に抱えたロレンスが、怒鳴り声と一緒に飛びこんでくる。いつもの笑顔は引きつり、青筋が浮かんでいた。
「もうこれ策でもなんでもないですよね? ただの嫌がらせですよね?」
「え、やだ~わかっちゃう?」
「否定くらいしたらどうですか! 俺たちを泳がせるならちゃんと泳がせてくださいよ!」
ぽいっとロレンスが抱えたソテーをジーク目がけて放り投げる。おとなしいと思ったら、金縛りにあったようにぴんと固まって硬直していた。すぐにもとどおりになりますよ、とロレンスは聞いてもいないのに疲れた顔で付け加えた。
「監視をつけるならノイトラール竜騎士団に手伝ってもらうとか、他に手段が――なんで俺が提案しなきゃならないんだ」
そうだな、とジークが真顔で頷き返した。
「とりあえず、くま陛下を部屋の前に置いといてやる」
「ひとの話聞いてます?」
「でもこれ、アタシたちのお仕事なのよねえ」
「あいにくこんな程度の嫌がらせで、判断ミスはしませんよ」
的確にこちらの狙いを読まれている。
「竜帝と竜妃にはそうお伝えください。――姿が見えないようですけど」
「そうねえ」
「とにかく、こっちには女神がいるんですから、無駄な嫌がらせやめてください」
すっとぼけたカミラの反応を、ロレンスはさぐろうともしない。涼しい顔にハディスぐまをぶつけてやろうかと思っていたら、ジークがおもむろに口を開いた。
「お前、あの女王と本当はどういう関係なんだ」
「なんです、いきなり。ただの主従関係ですよ」
「まだちっこい女の子だろ。お前なら利用し放題だろうが。どうかと思うんだが」
ロレンスの眼差しがいきなり冷ややかになったと思ったら、すぐに笑顔に切り替わった。
「その言葉、竜帝にそっくりお返ししますよ」
ぐうの音も出ない正論と一緒に、扉が乱暴に閉められた。
「……図星だったりするのかしら」
「女王のほうに聞いてみたほうがよかったかもしれん。あいつじゃなんにもわからん」
「とりあえずご忠告どおり、ノイトラール竜騎士団に報告はしておきましょうか」
ノイトラール防衛のために、エリンツィアがここにいるはずだ。コケッとソテーが鳴いて、身を震わせたと思ったらジークの腕から飛び降りた。どうやら魔術の効果が切れたらしい。
とはいえ、まだ少しふらついている。
「大丈夫? ノイトラール竜騎士団の医務室に――鶏ってみてもらえるのかしら」
「ワンチャンあるかもしれんが……ソテー?」
ソテーは無言でベッドに飛び乗る。ローが入っていた荷袋に顔を突っ込み、何か嘴で引きずり出したと思ったら、それを足で踏みつけて動かなくなる。
「……おじいちゃんの手帳じゃないの、それ」
手帳にはロルフが好きそうな魔法陣やら何やら書かれている。ソテーはその中の一ページを鋭い眼光で凝視していた。何か嘴やら羽先やらをもぞもぞさせているのは、魔法陣をなぞるような動きにも見える。
嫌な予感がしてカミラはそっと離れる。同じことを察したらしいジークも一歩さがった。
きゅ、と寝台の下からローが顔を出す。
「……ローちゃん、アタシと一緒にノイトラールの竜騎士団にご挨拶しにいきましょっか。モテモテよー」
「うきゅん?」
「ほんとほんと。ソテーはお勉強中だからね、邪魔しないようにしましょ。留守まかせて平気よね、熊男」
ハディスぐまもいるし、と視線で示す。ジークはソテーをじっと見たあと、壁に立てかけてある剣を取った。
「素振りしててもいいと思うか」
「……好きにすればいいんじゃない」
竜妃の騎士、こんなのばっかりか。しかし、いちばんの竜妃がああだ。
(……えっまさかアタシ、見習わなきゃいけないほう?)
素振りを始めるジークと、コケェーッとか声をあげて気合いを入れて何かを成そうとしているソテーを見ないようにして、ローのケープを着せ直し、鞄に入れて扉を出る。隣の扉は静かなものだ。
ふう、と落ち着くために息を吐いた。
竜帝と竜妃の不在にも気づかれている。策などない、ただの嫌がらせだとも見抜かれた。
(でもローちゃんが見つからなければいいのよね?)
子狸のかわいげのなさも大概だが、古狸のひねくれっぷりだって負けていないだろう。
今、何をしているかわからないが、ローが何も伝えてこない以上、あちらはうまくいっているはずだ。
信じるわよ、とつぶやいてカミラは廊下を小走りで歩き出した。




