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やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中  作者: 永瀬さらさ
正史/神降暦1270年~1296年

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アンサス戦争【若者よ、英雄となれ③】

 クレイトスの王城にきたのは一度きりで、奥宮までは把握できていない。一太刀で衛兵を切り倒したゲオルグは、石造りの回廊を見回す。

 空気が乾いている。息が上がっているのは、ここまでひとり、敵を斬り道を切り開いてきたからだけではない。火の手がここまで回ってくるのも時間の問題だ。

 部下たちは今後、交渉に使えそうな物や人質を確保している。王女ローラや王太子ルーファスを人質にとれれば、この戦いの勝利は決まったようなものだった。ラーヴェ側がクレイトスを呑みこむのも夢ではないかもしれない――ロルフは欲張るな、と言っていたが。

 だが、どうしてもゲオルグには会っておきたい人物がいた。クレイトス国王だ。


(兄上をそそのかした)


 すでに病床にあり、歩くのもままならないと聞いている。しかし城の外に逃げたという報告はまだきていない。城内にいる可能性は高い。しかしここは魔術大国の城だ。どんな仕掛けがあるかわかったものではない。外側のほとんどの仕掛けは初手の竜の炎で焼かれただろうが、城の奥深くまでは届いていない。

 中庭に出たゲオルグは、空をあおいだ。クレイトスの空に竜が飛んでいる。フリーデンも外で待機している。いっそ呼び出すのも、と考えて、ふと回廊の奥にある鉄柵の扉が開きっぱなしなのに気づいた。

 周囲を警戒しながら、中を覗きこむ。長い廊下が続いている。人気はない。

 廊下は、ゲオルグがひとりやっと通れるくらいの広さしかなかった。前後から挟まれれば危険だとはわかりつつ、風を感じて足を進める。

 また開きっぱなしの鉄柵が現れた。だがその向こうは、日光がある。


(――庭園か?)


 一歩踏み出して、ゲオルグは立ち止まった。

 息を呑むほどに美しく、色鮮やかな緑の庭園がそこには広がっていた。小鳥がさえずり、木陰の下で小さな花がゆれている。どこから聞こえてくるのは小川のせせらぎか。

 こんな庭園、上空からは確認できなかった。

 空を見あげて、眉をひそめた。竜の影がない。だとすればここは、結界の中だ。

 竜の炎で焼けぬほどの――自分がどこにいるのか思い至ってぞっとした。


「女神の園へようこそ」


 ゲオルグの畏怖を言い当てるような言葉が届く。

 だが現れたのは、老人だった。見覚えのある顔だ。


「クレイトス国王……!」

「メルオニス殿の弟だったな。メルオニス殿ではなかろうと思ってはいたが――私を裏切るなど、できまいよ」


 軽く笑う声に兄への嘲りを感じて、ゲオルグは剣を構える。


「兄を裏切ったのはあなたのほうだ、国王」

「クレイトスとの併合を望んだのは、そなたの兄上だ。儂は協力しただけのこと」

「ラーヴェ帝国を一方的に弱体化させる条項をつけて、何が協力だ!」

「それだけ三公が目障りだったのであろう。自分が祭り上げられるだけの存在なのが、つらかったのだ――よくわかるよ」


 よくわかると、まるで慈しむようにクレイトスの年老いた王が繰り返す。


「同志としてな」

「何が同志だ! ――兄上と交わした文書を出せ。何か誓約でもかけているなら、といていただく」

「こんなもの」


 嘲笑と一緒に、文書が投げ捨てられた。と思ったら、ゲオルグが拾おうとする前に、勝手に燃え上がる。


「ゴミだ。竜帝が相手でない限りは」

「言い訳か? ラーヴェ皇帝は兄上――」

「だが儂もわかっていて、夢を見た。竜帝に勝つ夢だ。竜帝がおらぬ今のうちに、ラーヴェ帝国と併合し、女神が統一する国家を作る。それが十年、二十年と続けば、竜帝はもはやプラティ大陸の異分子となるだろう。少なくとも竜神が作ったラーヴェ帝国を取り戻せはすまい――そういう勝利の道筋を、作りたかった。だが結果はご覧の通りだ。父の言うとおりだった」


 笑った王が、細く衰えた右手を見る。


「無駄に抵抗し、次代を順当に用意しなかったツケが、この結果だ。もし儂が無駄な抵抗などせねば、こんなにも簡単に女神の園は燃えなかっただろう。儂の代で、王都アンサスは燃えなかっただろう。――息子には、伝わっているといいが」

「王子はそのうち保護される。王女もだ。命の保証は、あなたの態度次第と心得られよ」

「ルーファスが女神の守護者であったならば……だがな、運命とは皮肉なものだ。間に合っているのだよ、ぎりぎり。ローザは十四になっている」


 会話が微妙にかみあわない。この年老いた王はひょっとして、状況がわかっていないのだろうか。眉をひそめたゲオルグに、クレイトスの王が顔をあげた。


「私は耄碌してなどおらぬぞ、竜神の下僕よ」


 愛の国の王が、右手を前に出す。その手が光った。

 魔術か、と身構えたゲオルグの前で、光が収束する――光り輝く、武器に変わる。


「息子と娘を捕らえる? やってみるがいい!」

「それ、は……」

「天剣だ――偽物のな」


 瞠目したゲオルグの前で、王が剣を頭上に掲げる。


「我が名はリチャード・デア・クレイトス。女神の守護者。竜神を斃す者――まがいものの竜神の末裔などに負けはせぬ!」


 剣の輝きが増し、魔力の爆風が巻きおこる。


「竜よ」


 女神の守護者が命じる。竜帝のように。


「去れ、ここはお前たちの空ではない!」


 一閃。

 輝きが、庭園を真白に染め上げ、そのまま噴き上げる。竜巻のように、庭園に敷かれた石畳が、柱が、ゲオルグの身体が上空に吹き飛ばされた。

 それを受け止めたのはフリーデンだ。だがそのフリーデンの翼の動きがぎこちなくなる。


「フリーデン、どうした」


 がくんとフリーデンの高度が落ちるのと、ルーファスという声が聞こえるのは、ほとんど同時だった。


 どうかお前が、この先も、生きていてくれますように。


 それはまごうことなき愛の力。

 女神の園が黄金の魔法陣に幾重にも包まれ、爆発した。

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