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やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中  作者: 永瀬さらさ
正史/神降暦1270年~1296年

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アンサス戦争【若者の夢の道②】

 決めれば行動が早いアーベルに提案され、ちょうどライカでの鎮圧に報奨を与えたがっていた兄は大喜びでラーデア大公をゲオルグに叙爵する手筈をととのえた。自分にもできることがあるのがよかったのか、少し痩せた兄が喜んでくれたのが何より嬉しかった。

 まだこれからだと、兄を励ますこともできた。

 そんな積み重ねをあっさり壊したのは、アーベルの父・ベイル侯爵だった。

 レールザッツ公はまだ若い第三皇妃――娘の振る舞いを諫めていた。だがまったく効果はなく、そろそろ愛想を尽かされるのではとささやかれていた。そこで第三皇妃は、皇帝でも入手できぬような珍しい贈り物をすることで父の歓心をひこうとしたらしい。

 品性方向で有名なレールザッツ公がそんな人物ではないことはゲオルグにもわかるのだが、不幸にも娘はわからなかった。そしてレールザッツ公の腰巾着で有名なベイル侯爵にも、わからなかった。

 ベイル侯爵は第三皇妃に請われ、『レールザッツ公への贈り物』にふさわしい宝石を用意する役を買って出た。親子仲はよくあるべきと語ったそうだ。説明するアーベルの表情は父親への侮蔑に満ちていた。

 そして、ベイル侯爵が用意したその宝石は、クレイトス産だった。本来ならばクレイトス王族に献上されるような、最高級の宝石だ。ラーヴェ皇帝にどうかとベイルブルグにやってきたクレイトスの商人を監禁し脅しつけ、格安で買い上げたのだ。

 ラーヴェ皇帝へと持ってこられたその宝石を横取りする考え、隣国の商人への対処、買い上げ方、すべてが第三皇妃以外の誰にとっても最悪だった。

 アーベルが急ぎ兄に事情を説明、皇帝から第三皇妃へ下賜されたという形で体裁を整える手筈を整えた。だが第三皇妃は自分が用意したものだと言い張って譲らず、しかもレールザッツ公が皇帝への返還を申し出たせいで激怒した。

 あまりにも皇帝を軽んじる第三皇妃の振る舞いに、批判と不満が貴族から噴出した。娘を諫めきれないレールザッツ公へ好機とばかりに、フェアラート公が第三皇妃の育てる第一皇子ではなく第一皇妃の育てる第二皇子のほうが皇太子にふさわしいのでは、などと声高に言い出すようになっていた。


「誰も私の言うことなど聞かない」

「兄上、そのようなことは……」


 ない、と言いかけて口をつぐむ。気休めだと兄もわかっているのだろう。力なく微笑まれた。


「いいのだ、ゲオルグ」

「いいえ――いいえ、兄上」


 後継争いで後宮が荒れるなど、どの時代にもあったことだ。だが、生真面目に皆の話を聞く兄のことを、誰も鑑みない。皇帝を敬わぬとはという非難は口ばかりで、争いに利用するだけ。その扱いがゲオルグには許しがたかった。


「許されることではありません」


 だからそれだけは、まっすぐに言った。


「アーベルがいずれ手を打ってくれるでしょうが、後継争いが本格化すれば何が起こるかわかりません。私が兄上の御身を守りますが、くれぐれも身辺には気をつけてください。義姉上以外、信用ならない」

「私の命など狙う者などいない」

「何をおっしゃるんですか。兄上はラーヴェ皇帝。あの薄汚いレールザッツの女狐なら考えついてもおかしくない――兄上さえ死ねば次の皇帝は自分の息子だと」


 兄は目を丸くしたあと、ほんのわずかに自嘲してみせた。


「私が死んだら、か」

「もしもの話です。もしもの話ですが、それくらい真剣に考えて」

「わかっている。だが……私が死んだら、か。まだ皇太子は幼い。となれば……」

「ですからもしもの話です、私が決してそんなことは起こさせない!」


 ゲオルグのまっすぐな視線を受け止めたあと、兄はぽつりとつぶやいた。


「お前がいてくれて、よかったよ」


 こんな状況でも兄は声を荒らげることもない。それが兄らしく、そしてもどかしかった。

 だが、ラーデア公に就任したゲオルグは帝城にばかりはいられない。アーベルから兄の様子を聞くだけで、次にじっくりと話す機会が設けられたのは、仕事でだった。

 クレイトス国王が、兄をぜひにと王都アンサスに招いてくれたのだ。

 ちょうどいい気晴らしになるだろうとアーベルが引き受けるようすすめ、ゲオルグが護衛につくことになった。


「お前はクレイトスは初めてだな、ゲオルグ」

「はい」


 兄はクレイトスの港に軽やかに降り立ち、そうかと笑う。ずらりとならんだクレイトス王国兵に迎えられ、王都へと向かう馬車に乗った兄の顔色は、出発前よりもいい。

 やはり帝城で息詰まる思いをしていたのだろうと、王国兵の動きに目を光らせながらゲオルグは兄のあとに続く。

 ラーヴェ皇帝に敬礼、という号令と共にクレイトス貴族の出迎えを受けた兄は、背筋を伸ばし堂々としていた。その姿に、ゲオルグは少しだけほっとする。

 ラーヴェ皇族がクレイトスへ赴く際は、積み荷や警備の関係上、レールザッツから出港しサーヴェル家の護衛を受けつつ、こちら側も把握している転送装置を使い王都へ向かうことが多い。だが、今回は私的な誘いだということで、大がかりな用意を兄が拒んだ。そのためベイルブルグから出港し、護衛はゲオルグを含む少数になってしまった。お忍びと変わらない最低限の護衛だ。油断できない。

 せめて竜を連れてこれればよかったが、クレイトスの植物や水を竜は好まない。口に含めば下位竜は体調を崩すこともあるという。フリーデンも建設途中のベイルブルグの軍港へ置いてきた。

 兄が歓迎されているのなら何も問題ない。

 だが、ここは三百年前に和平条約を結びそこねた仮想敵国なのだ――と考えて、首を横に振った。兄の足を引っ張ろうとした輩たちと同じ疑念を抱いてどうする。


(兄上だからこそ、クレイトス国王と親睦を深められたのだ)


 なんの警戒もなく兄が先に乗った馬車に、あえてゆっくり乗りこみながら、ゲオルグは息を吐く。

 このまま王都まで馬車で移動するようだ。竜であれば一時間程度で着く距離のはずだが、馬車では休みをはさんで数時間。転送装置があるようだが、ラーヴェ帝国側に簡単に漏らさないだろう。

 だが、兄はその旅路すらも楽しみなようだった。なお、船酔いをしたアーベルは兄の横で半分死んでいる。

 役立たずめ、と思いながら窓の外に目をやる。一面の麦畑――さすが、豊穣を約束された国だ。


「見事だな」


 兄の言葉に、ゲオルグは頷く。


「クレイトスでは餓えることがないそうですね」

「ああ。――私はな、今回クレイトス国王に、飼料や肥料の輸入について話し合おうと思っている」

「食料ではなくですか?」

「クレイトス産の食料はあまりラーヴェ帝国では好まれませんから、それよりは酪農などの餌に……需要が……」


 話は聞こえていたのか、ぐったりしたままアーベルが会話にまじろうとして力尽きた。


「反対はある。竜が食べてしまったらどうなる、という懸念もな。あるいはクレイトス産の餌を食べて育った家畜を竜が食べられるのか、という未知の問題もある。だがやってみなければわからないだろう」


 ゲオルグは頷く。


「軍としては竜に危険が及ぶものはさけたいですが、ためす価値はあると思います。民が餓えないならば、それだけで国力になりますから」

「竜の運用に一番響くのは軍事力だからな。お前がそう言ってくれれば心強い」


 兄は帝城でよりよくしゃべった。皇帝らしく政治の話ができるのが楽しいのだろう。

 窓の外で小麦畑はまだ続いている。時折手入れをしている姿が見えるが、ほとんど放置のようだ。

 たとえ竜の炎で焼き払っても、クレイトスには年月も労力もかけず、魔力さえあれば難なくこの小麦畑を再生させる力がある。

 もし、その力に依存することになったら――その疑念は、喉の奥に呑みこんだ。


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