アンサス戦争【由緒正しきラーヴェ皇族】
『やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中』Blu-ray&DVD BOX発売御礼小説
上巻/2025年1月24日(金) 下巻/2025年2月26日(水) RELEASE!!
ここまで応援してくださった皆様へ感謝をこめて、ゲオルグ正史です。なぜって?下巻でゲオルグが活躍するからだよ★
いつだって帝城の陰で聞く言葉は、悪意に満ちあふれている。
「大した力も策もなく、クレイトスとの関係改善を目指すとは」
「皇太子殿下はお若い分、お気楽でいらっしゃる」
回廊の支柱の裏側で、稽古用の木剣を拾い上げたままゲオルグ・テオス・ラーヴェは動きを止めた。
(あにうえのはなしだ)
今日、初めて皇太子として会議に出るのだと資料を片手に張り切っていた兄の姿が思い浮かぶ。どうなったのだろうと、わくわくして会議室近くの庭で待っている最中だった。
「かの国の格安な作物が我が国に流れてくれば、どれだけの反発が起こるか」
「まあまあ、見物していましょう。貿易権を独占する三公が見逃すとは思えない」
「特にレールザッツ公ですな」
でも兄は、まだ出てこない。出てくるのは知らない大人たちばかりだ。
「それを言うなら、メルオニス殿下はフェアラート公の後ろ盾がある」
「まさか、三公の均衡が数十年ぶりに崩れると?」
「フェアラート公は軍港の建設費捻出で内情は火の車というお話ですよ。無事完成するんですかねえ」
「いやはやしかし、ラーヴェ皇族も落ちたものです」
小さくまじった嘲笑に、支柱の裏にぴったりくっつけていた背中が震える。
「まったくです。今やすっかり三公の傀儡」
「陛下は最後のゲオルグ様もはずれて、すっかり気落ちされてしまった」
「年齢的にもう限界でしょうな。今代も竜帝誕生ならず」
「はは、三百年もいない幻想にすがるしかないとは」
「案外、ザザ村に本当にいたのかもしれませんなあ……」
笑い声と一緒に、足音が遠ざかっていく。知らぬ間に握り締めていた木刀を持つ手から力を抜く。ゲオルグはそっと回廊の向こうを見た。もう誰もいない。
駆け足で、でも音をできるだけたてないよう、彼らがきた方向を戻る。開けっぱなしの扉を見つけた。中を覗く。
兄がいた。
体調を崩した父の代わりに初めて出席が許された会議だと聞いた。だから席は最奥。豪奢な席にぽつんとうつむいて、ひとり。
「……あにうえ」
ゲオルグの呼びかけに兄ははっと顔をあげ、笑った。
「ゲオルグ。なんだ、迎えにきてくれたのか」
頷くと、兄はテーブルの上に広がった資料を重ね合わせて、立ち上がった。
「待たせてすまなかった。お茶にでもしよう」
「兄上。会議、どうでしたか」
「……反応がかんばしくないのは、想定内だ。まだまだ私には実績がないから。他のきょうだいたちとくらべてもね」
手を差し出され、ゲオルグはその手を取った。あまり剣術が得意でないというこの兄の手は、白く見える。ひとまわり年下のゲオルグでも剣術で勝てるんじゃないかと思うほど、線が細い。
でも、この兄は優しい。
ゲオルグだけではない。厳しいことばかりを言う祖父や、くだらない嫌がらせをしてくる他の異母兄弟たちにも、丁寧で、怒鳴るということをしない。「たまたまいちばん上に生まれただけで」「祖父がフェアラート公だから」というような嘲笑にも、言い返したりしない。他の皇子に毒が盛られたりしてもそんな度胸はないと、容疑者からはずされる始末だ。
ただただ穏やかに、ずっと笑っている。
それを馬鹿にする連中も多いけれど、ゲオルグはそうは思わない。このひとは強いひとだ。竜帝でもないのに今更生まれてきてもと笑われ、乱暴者だとどこへいっても厄介払いされるゲオルグに、文字を教えてくれたのも、兄として接してくれるのも、この兄だけだったから。
「何をいわれたんですか」
話を聞くことの大事さを教えてくれたのも。
「……それよりも早く結婚しろと。来年には……まるで種馬だな」
小さな最後のつぶやきの意味がゲオルグにはわからなかったが、兄の表情から褒め言葉ではないとわかった。
「そんなにクレイトスが好きなら、留学でもどうだと言われてしまったよ。父上が倒れても私がいなくても、国は回ると」
兄が小脇に抱えている資料には、手でつかんだような皺が残っている。
それを見て、ゲオルグは言った。
「クレイトスと関係を改善するには、力や策が必要と聞きました」
「……そうだな。三公や貴族たちを説得できるだけの力がいる」
「力というのは、ぐんじりょくですか」
「ゲオルグは難しい言葉を知っているな。それもひとつだ。今の帝国軍はノイトラール竜騎士団にも劣ると言われているから……」
「なら大きくなったら、おれは将軍になります」
目を丸くした兄に見返される。ゲオルグは続けた。
「将軍になって、帝国軍を鍛え直して、あいつらを見返します」
回廊で笑っていた奴らも、三公も、全員。兄とつなぐ手ではなく、木剣を握り締める。
「……本当は、話し合いで解決できればいいんだが、そうはいかないんだろうな……」
「兄上。なめられたままでは、話し合いはできません」
年老いた皇帝がゲオルグをなしたのは、竜帝が誕生させる最後の責務を果たすためだったと聞く。三百年あたったことのない賭けは、見事にはずれた。結果、生まれたのは皇帝になる芽もない末の皇子ゲオルグだ。
だから誰も彼もがゲオルグをなめてかかる。だが、少し派手に魔力や剣術をみせてやれば黙る。それと同じだ。
「力をつけてやればいいのです。でないとラーヴェ皇族は、このままです」
自分だけがと憤っていたゲオルグに、ラーヴェ皇族がそうなのだと教えてくれたのは兄だ。どこか投げやりなきょうだいも、気力をなくした父も、自分を省みもしない母も、みんな弱いのだと。
弱いから、刃向かえない。弱いから、八つ当たりする。
「おれと兄上は、由緒正しきラーヴェ皇族だ。たとえ竜帝じゃなくても」
兄の手にめずらしく力がこもった。
「……そうだな。頑張ろう、ゲオルグ」
「はい」
「そのためにはゲオルグも勉強しないとな」
いたずらっぽく付け足されて、ゲオルグは固まる。
「……剣術や魔力だけでは」
「将軍ともなれば、策を立てるために様々な知識が必要だな。もちろん難しい言語の解読も必要だ」
むむむ、と眉根がよってしまう。勉強は好きではない。お前が今更学んでどうするのだ、という家庭教師たちのひそかな嘲りが勘に障るからだ。
「剣術も独学ではなく、きちんとしたものを学んだほうがいい」
「剣術もですか」
「ひとは中身だ、というのは理想論だよ。ガワがどれだけ大事か、お前にならわかるだろう」
「……頑張ります」
その意気だ、と笑う兄の笑顔に嘘はない。
ほっとして、ゲオルグは回廊の向こうへと兄を連れ出した。
それが死ぬまでずっと覚えていた、最初の記憶だ。
更新は朝7:00、ひとまずは2日に1度でいきたいと思います。2月26日が下巻の発売日なので、そこまで連載が続く予定です。途中で色々調整します。
長いです。ロレンス正史より長い。そして死ぬまで書かずに終わります(力尽きた眼差し)ゲオルグがどう死ぬかはもう書かれてますし!!
でも本編8部より前に読んだら楽しいかなと思うので、正史を2つ挟む変則的な形になってしまいますが連載に踏み切りました。どうぞよろしくお願いします!
なおおじさんたちが頑張る話なので読み飛ばしてもらっても大丈夫です。お祭りみたいなもんです。




