第三次ラキア聖戦【女神の器】
そう、取り繕うのは得意だった。
終わりのない戦争に突入したことを感じ取りながら、仲間を生かす道を模索する。姉の手を離したときから、贖罪のようにその道を選んだ。
フェイリス王女の十四歳の誕生日。
ベイルブルグからラーヴェ帝国軍の船が出港したにもかかわらず、ジェラルドに呼び出されたとき、自分たちの部隊は王都防衛に回されると察していた。おそらく、サーヴェル領は落ちるのだ。自分たちも遠からず死ぬだろう。
でも、終わり方は選べるはずだ。
ジルたちをどうやったら悲しませずにすむだろう。苦しませずにすむだろう。
そればかり考えていたから、王都に戻ってジルの捕縛と処刑の噂を仲間たちと聞いたときは、冗談だと思ったくらいだ。ジェラルドに自分が話を聞いてくると仲間達を説得し、ジェラルドの前にひとりで立ったときも、今ひとつ実感がなかった。
「ジルを処刑ってなんの冗談です?」
それでも動揺はしていたのだろう。ついジェラルドの前で彼女の名前を呼び捨ててしまった。
理由はもっともらしく並べられた。この状況でフェイリス王女を毒殺しようとしただとか、それはラーヴェ帝国に与したからだとか、そもそも配下にラーヴェ帝国出身のふたりがいるではないかと言われ出したときはなんだか笑い出したくなった。
フェイリス王女に事情を聞くことはもちろん許されなかった。毒のせいで体調が悪く伏せっていると説明されたが、体調不良などいつものことだ。苦しい言い訳だとはジェラルドもわかっているのだろう。空回りする会話に疲れたように、ジェラルドが口を開いた。
「――護剣が手に入った」
「……護剣は南国王が壊したって、言ってましたよね。他ならぬあなたが」
「これで竜帝とも戦える。彼女はもう不要だ」
「何言ってるんですか、ちゃんと説明してください。そんなことが理由になると――」
責めようとして、ジェラルドの瞳が薄暗く汚れていることに気づいた。言葉より表情より何よりも、雄弁に物語る絶望だ。
「……何があったんですか」
「お前は知らなくていいことだ」
今までに何度かあった会話だ。そして深入りしたくない自分は、ずっと「そうですか」と頷き返すだけだった。なのに、今更。
(……俺は案外、この王子様も、好きだったんだな)
こんなことばかりだな、と自分で呆れる。
そして――諦めたのは、ロレンスが先だった。
「わかりました、ご命令に従いましょう」
ここまで眉ひとつ動かさなかったジェラルドが、わずかに表情を動かす。だがロレンスがジルを救出すると息巻いている部隊の居場所を教えると、顎を引いて頷いた。
「俺は一足先に戻って、彼らを誘い出します。そこに兵を率いてきてください。ただ、あのサーヴェル隊を殺したとなると今後の士気に関わりますので内密に。王国軍を動かすのはおすすめしません」
「なら王城兵を使おう。……お前、裏切る気じゃないだろうな。てっきり――」
「だからあなたに兵を率いるよう提案してるんですよ。……俺が手引きしたって、あなたが本気でジルを処刑するつもりなら、彼らは救出前に全滅します。俺は無駄死にはしたくないので」
そもそもジルが処刑されると聞いて残った隊の数と、ジェラルドが王都で温存している兵の数ではどんな策を用いようが勝負にならない。それこそ竜帝でもなければ。
それとも、ロルフ・デ・レールザッツならこの状況でもひっくり返しただろうか。
益体もないことを考えながら、退室する。取り繕うのは得意だ。
もうすべてを手に入れようとして判断を誤ったりもしない。
迷いはないのに急ぎ足になる歩調を阻むように、小さな影がぶつかってきた。
「あ……ロレンスさま……」
階段を降りてきたらしい小さな王女の姿に、ロレンスの心が驚くほどすうっと冷えた。
今まで幾度か王女とは何度か、ジェラルドやジルを挟んで顔を合わせたことがある。挨拶くらいしかした覚えはないが、どうもロレンスを覚えていてくれたようだ。
「失礼しました、フェイリス様。――毒の影響が少ないようで、何よりです」
にっこり笑ったロレンスに、フェイリスが視線をうろつかせる。ジルがフェイリス王女毒殺未遂の嫌疑をかけられ、処刑される噂くらいは聞いているのだろう。
「わ、わたくし……お、おにいさまに、お話があって……」
「ジェラルド王子なら執務室におられますよ。失恋したばかりですし、慰めてあげてください」
「しつれん?」
あどけなく問い返される。ロレンスは笑った。嘲笑に近かったかもしれない。
「ジェラルド殿下はジルに恋をしてらっしゃいましたからね」
呆れて、あるいは悔しくて、これまでジル本人にも誰にも断言しなかったことを伝える。
「俺もね、今から仲間を裏切りにいくんです」
ただの八つ当たりに近い。だが、心は痛まなかった。
「で、あなたは何をしてるんですか、フェイリス王女」
理論的ではない。けれど、確信があった。
「俺より魔力も権力もあって望めばなんでもできそうなあなたが、まるで被害者みたいな顔をして」
――ジェラルドがジルを大事にできなくなったのは、この王女が原因だ。
「お……おにい、さまは、まかせれば、いいって……」
「そう言って何もしないんですね、役立たず。まあいいんじゃないですか。この国が滅ぶのは正しかった、ってことですよ。ジェラルド殿下もお気の毒です、あなたなんかのために身を滅ぼして」
真っ青になったフェイリスを鼻先で笑い、ロレンスは踵を返す。どうせもう会うこともない王女だ。
自分は今から死ぬのだから。




