第三次ラキア聖戦【愛の国の王子様】
有能な上司というのもなかなか厄介だな、とロレンスは思った。単身、ノイトラール竜騎士団に放りこまれ、半年ほどでラーヴェ帝国内で内乱の兆しアリと耳打ちされ、ゲオルグ・テオス・ラーヴェ蜂起のどさくさにまぎれて帰国するなり、開口一番に次の命令がきたからだ。
「夏には士官学校が開校する。そこに入学しろ」
「はあ……」
世間話もない端的な指示に、ロレンスは頷く。ロレンスが作ったノイトラール竜騎士団についての報告書を、ジェラルドは執務机の上に出す。
「ノイトラール竜騎士団に在籍した経験とこの報告書があれば、推薦できる。よくやった」
「どうも……それで、俺は軍人になればいいんです?」
「そうだ。お前はジル姫の副官になってもらう」
ジル姫。サーヴェル辺境伯三女ジル・サーヴェルのことか。予定どおりジェラルドの婚約者として王都に滞在していると聞いている。しかし『姫』とは、ずいぶん甘ったるい呼び方をするものだ。
「まさか王太子の婚約者を、士官学校に入れるおつもりですか?」
「前例はある。問題ない」
「……サーヴェル家のご令嬢なら抵抗もないでしょうが……本人は納得してるんですか。王太子妃としての評判だってあるでしょう」
「……。花嫁修業が、どうも、手の施しようがないと……報告があがって……」
ジェラルドが珍しく視線をやや横にそらした。
「もう手遅れみたいな言い方しますね。まだ十歳や十一歳じゃなかったです?」
ごほん、とジェラルドが咳払いして立ち上がり、窓辺に立った。こい、と目線でうながされ、ロレンスはジェラルドが窓の外で示すものを見る。
ジェラルドが使っている仮の執務室は、ちょうど王国軍の訓練場を見下ろせる位置にあった。今は、混戦を想定した訓練が行われているようだ。
(……いや、違うな?)
最初は小さくてよく見えなかったが、どうも女の子がひとりで複数の軍人を相手に屍を積み上げている。「おい、あれを止めろ!」「戦闘民族だぞ無理だ!」とか怒号が飛び交い、誰かがやけくそで打ち込んだ魔法弾が蹴り返されて爆発したあたりで、煙でよく見えなくなった。
戦闘民族。竜退治の英雄。その名は伊達ではないらしい。
(……魔法弾って、蹴れるんだぁ……)
初めて知った。薄目で色んなものを呑みこみ、お得意の笑顔でジェラルドに向き直る。
「すべて理解しました。戦う王太子妃、とてもいいと思いますよ」
「お前の知識と合わせれば、クレイトス王国一の精鋭部隊になるだろう」
ノイトラール竜騎士団に潜入させたのは、そういう目的もあったのか。
しかし、王国一の精鋭部隊とは。
「ひょっとして過保護です?」
「……なんの話だ」
「いえ、お気づきでないなら別に」
野暮は口にすまい。恋愛沙汰とか巻きこまれるのは御免だ――姉からは、そういう話はないのとからかい混じりに手紙で書かれるけれど。
「彼女に紹介する、ついてこい」
「え、今からですか?」
「訓練はあれで終わりだろうから。花嫁修業の切り上げも報告せねばならない」
「でも爆発してましたよ。彼女に身支度の時間が必要でしょう。まして花嫁修業の切り上げなんて話なら、ちゃんと場を設けたほうがいいです。婚約破棄かと、誤解されかねません」
む、とジェラルドが眉をよせて考え込んだあと、執務机にあった鈴を鳴らした。やってきた使用人に、ジル姫に話があるから、お茶の用意を――と指示を出す。
どこから見ても王子様然としてなんでもそつなくこなしそうなのに、いざ生身の人間関係となると意外と抜けているのか。女神の守護者と謳われる人間にも、少年らしい部分もあるものだと思いながら、ロレンスは一歩さがる。
「じゃあ俺も出直して、着替えてきます」
「なぜ」
「ラーヴェ帝国から戻ったばかりですよ、俺。裏口から入ればいいから、まず何を置いても報告にこいって命じたのはあなたでしょうが」
王城の裏口から入れる程度には身なりを整えているが、辺境伯令嬢、王太子の婚約者の紹介に預かるには少々、心許ない。
「第一印象は大事ですからね。年頃のご令嬢なら特に」
「パーティーならともかく、ただの挨拶にそこまで必要か?」
「王子様みたいなあなたと違って、俺みたいな平凡な顔立ちの人間にはね。どうせなら仲良くやりたいですし」
「何か不埒なことを考えているのではあるまいな」
嫌みが通じないばかりか予想の斜め上の回答を返され、少々笑顔が固まった。ジェラルドは眼鏡を持ち上げつつ、真顔で忠告してくる。
「戦場に出すことになるとはいえ、彼女は王太子妃になる人間だ。何かあればお前も処分することになる。節度はわきまえろ」
――彼女は私の婚約者だ、手を出すな――と聞こえたのはきっと気のせいだ、うん。
「……ええ、気をつけます、はい」
「わかっているならいい。では、三時間後に。ちょうど焼き菓子も出せる時間だ」
――そして三時間後、改めて執務室に招かれてサーヴェル家のご令嬢と対面したとき、ジェラルドも着替えていた。
自分は察しがよく優秀な臣下なので、うっわあ愛の国の王子様めんどくさい、などと声にはもちろん、顔にも出さなかった。




