第三次ラキア聖戦【王都バシレイア防衛戦前】
ひょうひょうと、泣き声のような吹雪が王都バシレイアの空を埋め尽くしている。大きめの雪が、花びらみたいだ。地面に落ちるとすぐ消える、雪の花。一年中実りが絶えないクレイトス王国の花の都にふさわしい、空の花模様。そう謳った詩人もいた。
けれどこれは竜神ラーヴェの警告ではないか、とロレンスは思う。
空を彩る白の花は決して地面には根付かないように。
ただ降り積もり愛を埋め尽くしてしまうように。
正しくないお前は、決して許されない。
「どういうつもりなの」
今となっては牢獄のように見えるクレイトス王城を背景に立つ自分を、皆はどう見ているだろう。
「ジルちゃんを助けるって話だったわよね」
矢の先が狙うのは、隣にいる王太子ではなく自分だ。カミラはよくわかっている。でも決して安易に弓を引かず、状況を見極めようとしている。その理解を諦めない姿勢を、警戒と信頼を等しく持っていられる包容力を、ひそかに尊敬していた。
「それともこれは何かの策か」
対して大剣をかまえたジークは隣にいる王太子からも目を離さず、全体を見渡している。いい判断だ、ロレンスを殺したところで現状は打開できない。本質を突くその慧眼も、後手に回っても平然としている器の大きさも、自分にはないものだった。
「さて、どうでしょう」
誰にも本心を見せない笑顔は得意だ。
理解力の高いカミラにも、本質を突くジークにも、あの強い女の子にだって、見抜かれたことはない。
「俺はあなたたちが好きでした」
隣でジェラルドが見ている。その視線をあえて意識しないよう、さくりと雪を踏んで、小高い丘の上から、森林に隠れている元同僚たちを見おろした。
「でも、これ以上は付き合えない。そうでしょう。ジルはクレイトス王国の象徴たる王女フェイリスを毒殺しようとした。嫉妬からか竜帝に媚を売ろうとしたのか――どっちにしてもクレイトス王国への反逆だ。救いようがない」
「そんなの嘘だってアンタが一番よくわかってんでしょうが!」
「そこの王太子に何を言われた、お前。何を引き換えにした?」
「俺の身柄の安全ですよ」
ふたりが苦虫を噛み潰したように黙った。
このふたりは姉を助けるため、ロレンスが方舟教団と通じたと思っている。だからやりかねないと判断するだろう。
(でも、言わないんだな)
こいつはクレイトス王族の天敵になる方舟教団とやり取りがあったんだぞと、ジェラルドにこのふたりは言わない。言えばロレンスが殺されてしまうから。そういうひとたちだった。
「お前、隊長が処刑されてもいいってのか」
かわりにそういうことだけを問い返す。
「竜帝が攻めてきた今、女神の名の下に一丸にならなければ勝てない。そんな中でジルを助けようだなんて、自殺行為ですよ。せめてジルを見捨てれば、俺が取りなす手もあったんですけど……あなたたちは頷かないんでしょう?」
答えのわかっていることを、にこやかに、問いかける。
ずっと弓をかまえていたカミラが、ふっとその腕をおろした。
「そう。……裏切ったってわけね。驚きやしないわ。信じたアタシも、ヤキが回ったのかしらねえ」
「ひとつだけ答えろ、狸。隊長の処刑決行日は――まだ隊長は生きてるのか」
「生きてますよ」
冷たい牢獄の中で、ひとりきり。婚約者に裏切られ、竜帝が故郷に攻め込んでいることも、部下が助けようと王城に攻めこもうと作戦を立てていたことも、こうして対峙し合っていることも、何も知らないまま。
(でも、ジル。君ならきっと)
「処刑はこれからなので、まだ、ですけれど」
「あら、それで十分じゃなァい?」
それだけで仲間たちの目に光を戻せる、君ならば。
「残念よ、狸坊や。こんな終わり方だなんてね」
「俺だって残念ですよ。俺の策を信じて死ぬとまで言ってくれたのに――あなたたちの部隊は、これで終わりです」
「あなたたちじゃねえんだよ」
吐き捨てるように、ジークがまっすぐな視線をよこす。カミラがもう一度、矢をつがえて荒々しい声をあげた。
「終わったのはお前の部隊だ、馬鹿狸!」
肯定も否定もいらないとばかりに、矢が放たれた。




