軍神令嬢は女王陛下と会談中
フェイリスは車椅子ではなく、しっかりとした足取りで会議室にやってきた。ずらりと並ぶレールザッツ竜騎士団の姿も、エスコートを務めるイゴールの威圧も素知らぬ顔で、軽やかな足取りで赤い絨毯の上を踏みしめ、最奥の席へと向かう。
その小さな手には、不釣り合いな聖槍が握られている。
皇帝との面談にも使われる豪華な会議室の椅子は、彼女には少しまだ高い。足が浮いているはずだが、しっかりとフェイリスは腰をおろし、聖槍を持ったまま、肘掛けに腕を置いた。
進行役はイゴールだ。形式的な挨拶から始まり、やたら長いテーブルの端で、書記官たちが議事録をとる準備を始める。
「ではまず、ジェラルド王太子の行方ですが――」
「よろしいかしら、レールザッツ公」
軽く挙手の形をとって、フェイリスがイゴールの進行を遮った。
「最初に、方舟教団アルカの一件についてからお話ししたいのです」
ちら、とイゴールに目線を投げられ、ジルは頷き返す。
「お聞きしましょう」
「まず、大変お世話になりました、竜妃殿下。囚われたわたくしと聖槍を救出してくださったこと、感謝に堪えません。また、戦禍に巻きこまれたレールザッツの方々にもお見舞い申し上げます。復興にはできるだけの助力をクレイトスからさせていただくつもりです」
殊勝な女王の言葉に回りが困惑しているが、これくらいはただの挨拶だろう。
「既にアルカについては協定が結ばれておりますが、より一層ラーヴェ帝国と手を携えてことに当たらねばならぬと、決意を新たにしました。国民からも理解が得られるでしょう」
女王と聖槍が奪われかけたのだ。世論はアルカ排除に流れるだろう。異論はない。
「わたしとしても、アルカに関してはクレイトスとの協力が必須であると考えます。ですが、それはそれです。ジェラルド王太子が先帝を殺害した疑惑について、そちらの意見をうかがってからです」
「ご安心ください、竜妃殿下。話はつながっておりますわ。わたくし、実はアルカに囚われた際、見たのです。お兄様――いえ、元王太子の姿を」
ざわっと周囲に動揺が走る。何を考えているのかわからず、ジルは眉をよせた。
「お言葉ですが、いつですか。わたしは見ていません。アルカのどこの拠点でも、ジェラルド殿下の姿はなく、また、その痕跡らしきも見当たりませんでしたが」
「まあ、竜妃殿下。兄をかばってくださるのですか?」
「そういうわけではありませんが……」
「ですが、あなたがアルカと接触することになったのは、アルカ拠点周囲に目撃情報があったのが原因でしょう?」
穏やかな笑みを崩さぬまま、女王が笑う。
「兄は――いえ、反逆者ジェラルドは、アルカに与したのです」
は、とジルは声を失ってしまった。反対に周囲のざわめきが大きくなる。
「理由は明白でしょう。わたくしに、王位を奪われたから」
「――っジェラルド様が、そんなことをするとあなたは本気で思うのか!?」
「逆におうかがいしたいですわ、竜妃殿下。どうしてかばうのですか?」
――兄を捨てた、あなたが。口よりもフェイリスの目が雄弁にそう物語っていた。
「反逆者ジェラルドは長く前国王ルーファスにかわり、実務をとっておりました。先帝を討ちクレイトスにラーヴェの剣先が向けば、戦闘に長けた自分に支持が集まると考えたのでしょう。だから先帝を討ったのです――アルカにそそのかされ、いえ、協力して」
違う、ジェラルドはナターリエを助けたのだ。
「このような行い、クレイトスとしては断じて認めるわけにはまいりません」
イゴールに目配せされた高官が、急いで出ていくのが視界の隅で見えた。――ハディスを呼びにいったのか。
つい、ジルはフェイリスの斜めうしろについているロレンスを見てしまう。視線に気づいたロレンスは、苦笑いのような、それでいてひどく冷たい笑みを返した。
「反逆者ジェラルドは、アルカと共に潜伏している。既に有力な情報も得ています」
「――っどこから!? わたしが調べたアルカの拠点には、どこも」
「既にクレイトスではアルカ掃討作戦が始まっております」
ロレンスと逆方向に控えている、ビリーを見た。眉間にしわをよせた父は、憐れむように目を細めて、伏せる。
もう、疑いようがなかった。
クレイトス王国は、フェイリスは、ロレンスは、サーヴェル家は――ジェラルドを切り捨てる気だ。
「場所は水上都市ベイルブルグ。兄の息がかかった者が多くいる街です。ベイル侯爵など、その筆頭でしたわね。そう、リステアード皇兄殿下はベイル侯爵のご息女と婚約の準備を始めておられるとか」
「何が言いたい!?」
「ご安心ください。元国王ルーファスが討伐に出ております」
ひとり、転がり込むようにして兵が飛びこんできた。テーブルの上で拳を握ったイゴールが、かまわんと報告うながす。
「水上都市ベイルブルグより伝達です、クレイトス軍艦多数、越境確認! リステアード・テオス・ラーヴェ指揮官のもと、北方師団、出陣!」
「――あら、連絡が行き違ってしまったかしら」
「そのようですね。もともと女王捜索のため、国境付近に待機していましたから」
ぬけぬけとしたフェイリスとロレンスの会話に、立ち上がりそうになったジルの肩を、両方から押さえる手があった。竜妃の騎士、カミラとジークだ。はなせ、と言おうとして、その奥歯を噛みしめている表情に、息を呑む。
「大変、早くわたくしたちは敵ではないとお知らせして差し上げてくださいな」
ジルは爪を手のひらに食い込ませた。
(どこからだ。どこから策だった? 最初から? あの竜はなんだったんだ? 聖槍が奪われたのは?)
わからない。わからないが、笑え、と頬を動かした。
戦う前から、怖じ気づいてはいけない。
「戦争はしないというお話でしたからね」
「ええ、そうですわ。戦争をする気などわたくしたちにはございません。――これは、女神による粛清です」
かつて、竜帝がこの大陸を火の海にしたのと同じように。
そう唇の動きだけで教える女王の瞳は、氷のように冷え切っていた。




