表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
386/467

37

 不可解な声をあげたのは、誰何されたラーヴェ本人だった。


「誰って、お前……」

「あなた……あなたが、ラーヴェ、なの? 竜神、ラーヴェ……?」

「ついに記憶までおかしくなったか?」


 ハディスが一笑した。だが、女神は呆然と目を見開いたまま、首を横に振る。


「うそ。だって……だって、竜妃。違うよね? こんな姿じゃ、なかったよね」


 すがるような目を向けられ、ジルは静かに、事実だけを口にする。


「わたしがラーヴェ様を初めて見たのは、ジェラルド王子の誕生日会以降だ」


 意味は伝わるだろう。クレイトスが時間を巻き戻した、あの日。

 一度目の人生で、ジルはただの一度も、竜神ラーヴェの姿を見ていない。


「嘘、そんなはず……だって、私は、私は、やり直すって、決めて……っ!」

「……クレイトス、何の話だ。お前、また何をした?」

「どうして前と同じ姿じゃないの!?」


 クレイトスの叫びに、背後でハディスとラーヴェが硬直する。

 クレイトスから目を離さずに、ジルは告げた。


「聞いちゃだめです、陛下」

「それは、うん……でも」

「どうして? 私はお兄様が神格を落とす前に戻したのに……っどこかで間違えた? ううん違う、私はちゃんとやった! 戦争が本格化する前、クレイトスが戻せるだけ! そうフェイリスと決めたのよ。間違えるわけない! まだ神格を落としてない、はずなのに……!」


 ――ひとつだけ、ジルにも心当たりがある。

 ハディスのひとつ前の竜帝。すなわちラーヴェが神格を落とす、ひとつ前。三百年前の竜帝が顕現するはずなのに、現れたのは、ジルが一度目の人生で見たハディスだった。


(あれが、ひとつ前っていうなら……)


 時間は巻き戻ってなどいない。

 ジルが聖槍に貫かれて終わったはずの時間は、十歳に戻ったと思ったあの瞬間とずっと続いている。


「そもそも理の縛りがなかったから、できたことなのよ! お、お兄様が、神格を落として、消えて……た、から……?」


 クレイトスが、ぎょろりと両目をハディスに――ラーヴェに、向けた。


「お、ニい様、ね?」


 ラーヴェは顔をしかめて黙っている。ハディスも同じだ。

 そんなふたりを見て、クレイトスが虚空に向けて笑い出した。


「そうよ、お兄様以外あり得ないあり得ないあり得ない! 覚えてない? ええいいわ、あなたがたとえ忘れていても! それが逃れられぬ理だとしても!」


 クレイトスの姿が解けた。現れたのは、黒の槍――女神の、聖槍。

 ジルは身構える。


『器は、竜帝は違う――ここが続きなら!』

「陛下さがって!」

『どけ、竜妃イィィィィィ!』


 激昂した聖槍がまっすぐ突っこんできた。

 剣でそれを押しとどめるが、こらえるだけで精一杯だ。


(くそ、魔力が戻ってる!)


 さっきあの二本の槍から魔力を吸い取ったせいだ。


『お前ハ勝テナい、竜妃!』

「ふざけるな、陛下はわたしが守る! そのための竜妃だ!」


 弾き飛ばすと、空中で体勢を整えて、分裂した。ベイルブルグのときと同じだ。だが、街中ではなく、すべてがジルと、ジルの背後にいるハディスを狙って襲い掛かってくる。

 アハハハハ、と女神の哄笑が日の昇った空に響き渡る。


『愛デ勝つか? 面白い、お前は知りたクないの?』

『本当に、何モ覚えていないのカ!』


 前後左右、分裂した女神が、唱和するように叫ぶ。


『知りたくなイの、愛する男の身に、何ガあったのか!』


 耳を貸してはいけない。これはアルカの甘言と同じだ。けれど。


『知りたいわよね。愛するっていうのは、そういうことだもの』


 ジルの心の隙を突くように、聖槍が横をすり抜けた。

 ハディスが天剣を持って身構える。けれど、ラーヴェがあの状態ではどこまでまともに戦えるか。


『これは愛よ! お前の理では防げない! 愛がない、お前では守れない!』


 天剣と聖槍がぶつかった。だが、輝きがあきらかに天剣のほうが輝きが弱い。


「陛下!」


 駄目だ、思い出させてはいけない。あのひとを、戻してはいけない。

 きょうだいを処刑して回り、人を焼き、村を焼き、おそらくは育て親まで失って――すべてを呪って笑う、あんな姿には。


『さあ、思い出して竜帝! あのとき、ほんとうは――ッ!?』


 それは、澄んだ音だった。

 鈴のような、鐘のような。魔を祓う、正しくあれと背筋を伸ばすような、音。

 聖槍が爆風と一緒に弾き飛ばされた。尖塔に打ち付けられ、そのまま沈む。

 空に、魔法陣が輝いていた。空の青と、日の光に溶けて全貌はよく見えない。でも、先ほど描かれた魔法陣とよく似た形。

 竜神ラーヴェの神紋。


「いい加減にしろ、クレイトス」


 ――そらから、りゅうのかみさまが、おりてくる。


 小さな姿に、間違いはひとつもない。厳かに、正しい道を諭しに、おりてくる。


「ここで俺たちが戦えば、また戦争だぞ」

『……っなん、で……どうして、いつも……ッお前は、なに、を……!』


 けれど愛の女神は納得しない。正しい道に、愛があるとは限らないから。


『お前はあのとき何をした、竜神ラーヴェエェェェェェ!』

「クレイトス」


 はっとクレイトスが意識を向けた先には、女王がいた。

 汎化した城壁の上に、ロレンスに支えられながら、風に吹かれて立っている。


「やめなさい。約束したでしょう?」

『……フェ……フェイリス……』

「あなたはもう、ひとりではないのよ」


 聖槍から、力が、殺気が抜け落ちる。


「皆様、ご迷惑をおかけしました。女神クレイトスはアルカに囚われ、混乱しているのです」


 でも、と晴れ渡った空の下で、女王がにこやかに笑う。


「これでやっと、会談ができますわね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
以前レアがハディス自体が死んでも世界を滅ぼすようにと言っていたのが引っ掛かります。 巻き戻し前にジルが死んだ時間軸はその後どうなったのでしょうか…… 結局ジェラルドはハディスと戦って……負けた? …
ここの話が1番よくわからない。。読解力が欲しい。。
[良い点] ここから更に時間巻戻し(やり直し?)じゃなくて安心しました! ジルは正史なんか思い出さなくていいと思っている様ですが、むしろ思い出した上でジルや兄弟姉妹達と仲良くなった今を大切にして欲しい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ