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人気のない程よい路地裏に足を踏みこんだジークと一緒に、ロレンスのほうへ振り向いた。
レールザッツ公爵邸を出たときはまだ高かった日が、傾き始めている。赤味を増し始めた夕日がまぶしくて、ロレンスの表情がよく読めない。
「俺たち、いつからこうだったんでしょうね」
いつから。――いつから、竜が苦手だったのか。
なぜかそんな質問が重なったそのときだった。
「――我ら、正義の味方『蒼金の竜翼団』!」
「「「は?」」」
まさかの頭上からの名乗りに、同じ反応をしてしまった。と思ったら矢が振ってくる。ジークが大剣でそれらを弾き、カミラは弓矢をつがえた。ロレンスと三人、背中合わせになって、ぐるりと周囲を囲む小さな影と対峙する――そう、小さい。
「――子ども?」
「でもアルカの服です」
全員、白い縁取りがなされた黒の長衣姿だ。人数は両手で少したりない程度か。ロレンスの指摘を聞きとがめたのか、ひとり、前に出た。
「私たち『金蒼の竜翼団』をアルカなんかと一緒にしないでください」
少女の声だ。この子が指揮官か。その少女のうしろで、別の子どもが舌打ちする。
「おい、蒼金って名乗ってるんだよもう」
「じゃんけんで勝ったのはこちらです。どさくさに紛れて逆にしないでください」
言い合っていたふたりが、カミラが威嚇で放った矢をよけた。おや、とカミラは笑う。
「反射神経いいわねェ。――でも、次は当てるわよ」
「やめてください。訳あって正体をあかすことはできませんが、私たちは正義の味方です。戦う気はありません」
「そうかよ。だが、それを頭から信じる馬鹿はいねーんだよなあ」
「証拠に、女王をお返しします。そこの、木箱の中です」
カミラが弓を引く手に力をこめ、ジークは低く構えをとる。まったく示された木箱の中に視線を向けない三人に、子どもの一部は困惑しているようだ。そういえば少しは隙をみせるか、あるいは警戒を解くと思ったのか。
「まだ俺と同い年か、それより少し下くらいですよね。特別に教えますよ」
顎を引いて前に出たのは、ロレンスだ。
「俺たちにしたら、あなたたちをひとりでも捕まえて情報を吐かせたほうが確実なんです」
「えっだって、ほんとに女王いますよ!? 確かめてくださ――」
「だからぁ、確かめるのはあとでいいって話!」
狙いをさだめたカミラの矢を、やはり子どもたちはよけた。間違いなく、訓練された子どもたちだ――つまり、ただ者ではない。
「だから言っただろ、置いて逃げりゃいいって! これだからエリート様はさぁ!」
「だ、だだだだって、竜妃の騎士ならわかってくれるかと」
「あら、アタシたちをご存じ? ずいぶんと情報通みたいね」
「俺、竜妃の騎士じゃないですけどね」
カミラの弓で体勢を崩したところを、ジークの大剣が追う。だが子どもたちはすばしっこくばらばらに逃げ出した。ロレンスが舌打ちする。
「狙いを絞ります、あの女の子!」
「奇遇ね、同意見!」
ジークの大剣を最小限の動きでかわした少女の、体ではなく長衣を狙う。カミラの狙い通り、長衣の端を矢が壁に射止めた。一瞬だけ少女の動きが止まる。さらに動きを封じるためにロレンスが飛ばした短剣を、割りこんできた別の子どもが叩き落とした。少女が長衣を破って立ち上がるが、既にジークの大剣がとらえている。これで無傷で捕獲、のはずだった。
「コッケエエェェェェェエ!」
空気を震わせる鶏の鳴き声に、全員の動きが止まる――が、先に持ち直したのは子どもたちのほうだった。夕日を背に立つ鶏に動揺もせず、そのまま屋根の上に飛び乗る。
「逃がさないで、ジークさんカミラさ――!」
ロレンスの指示を、今度は上空からの強風が遮った。赤竜だ。
「おい、竜帝に伝えとけよ。次はお前だってな!」
そんな声がしたが、強風がやんだときには、子どもたちは影も形もなくなっていた。
「マイネ……ソテーも、どういうつもりなの。ローちゃんは?」
「コケッ」
「うん、わかんないわ……まぁ何か理由があるんでしょうけど」
仕事ができると定評のある鶏である。しかもマイナまで飛んでくるとは、何事か。まるであの子どもたちを逃がすためにきたようではないか。
――心当たりがひとつだけ、ないではないが。
「……カミラさん、ジークさん」
そんなカミラの思考を、ロレンスの呼び声が遮る。木箱を開いたらしい。気づけば、ジークも中を見て難しい顔をしている。
唇を引き結んで、カミラは木箱の中を見る。そこには粗末ながらきちんと毛布やクッションを敷き詰められて、眠り姫のように寝息を立てている小さな女王がいた。




