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「……お前ら、なんでここにいる!?」
仰天したジルに、生徒たちが顔を見合わせる。
「ロジャー先生に士官学校がちゃんと始まるまでにバイトしないかってさそわれて、なあ」
「バイト!? ここをどこだと思って……っロジャー先生!」
「俺もジル先生の教育方針を見習おうと思ってなー、内偵向きの奴らに声かけたんだ。むかーしアルカはライカで派手な布教活動してたから、入団希望が通りやすいんだよ」
「だからって生徒をこんな危険な場所に放りこむのはどうなんですか!」
椅子を蹴倒して抗議したのに、不思議そうな声をあげたのは、生徒たちのほうだった。
「赤竜と戦うほうが危険だよな……?」
「ソテー先生に蹴られたり、くま先生にぼっこぼこにされるのも、ねえ……」
「あれは訓練だろうが! 実戦とは違う」
「でも、できないならそのまま死ねってジル先生言ってたよね」
ねー、と生徒たちが口をそろえる。
「と――とにかく、今すぐここから離れろ! 経歴に傷がついたらどうする!?」
「ばれなきゃいいんじゃない?」
「だいたい校長先生のロジャー先生と竜妃のジル先生がここにいる時点で説得力皆無」
「そもそも俺ら、溝鼠学級だし、今更経歴とか気にしないっていうか」
なー、と生徒たちがまた口をそろえる。ジルは吼えた。
「お前らがラーヴェ帝国の立派な軍人になるよう、わたしは鍛えたんだぞ!」
「それは金竜の奴らにまかせようよ。ノイン級長とかいかにも出世向きじゃん。ま、金竜の奴らも一部きてるけど! 俺らに対抗意識燃やしてさーウケる」
あのエリート意識の高かった彼らまで、なんてことだ。声もないジルを、蒼竜学級の最年長の青年がなだめにかかる。
「まあまあ、センセ。俺とかだいぶ年齢いっちゃってたりあまり出世見込めない奴らにとったら、諜報ってけっこうアリじゃないかなーって思ってんのよ。今回は適性を見極める体験学習って思って見逃してよ。おまけにお金ももらえていいことづくし。なっ?」
「だ……だからって、お前ら、最悪殺されてもおかしくないんだぞ!」
「大丈夫じゃねー? 俺ら、逃げるの得意☆」
「いざとなったらルティーヤとジル先生の名前だしゃなんとかなるだろ。なんてったって未来のライカ大公殿下と竜妃殿下!」
「いつか出世したノイン級長にも面倒みてもらおーぜー」
ははははは、と笑っている生徒たちに向け、ロジャーがぱんぱんと手を打った
「はいはい、はしゃいでねーで報告して。何があった?」
「カニスがここを放棄する命令を出しました」
ジルがフェイリスをつれて逃げ出し、軍を引きつれてやってくる可能性があるからだ。決断が早い。
「教団員には各班、転移装置を使って別拠点への逃亡指示が出てます。カニス本人は、すでに出立。行き先は不明です。方向的にはレールザッツ方面ですが、ブラフかもしれません」
「どっちにしろここにいる理由はなくなったな。で、ジル先生にレールザッツに戻るとやばいってのは?」
そういえばそんなことを言っていた。視線を向けたジルに、口やかましかった生徒たちがぴたりと動きを止める。
「……なんだ。わたしが戻ると何かまずいことがあるのか?」
むしろ、戻らないとまずいはずだ。だが、生徒たちはお互い目配せし合いながら、お前がいけ、いやお前がと言わんばかりに小突き合っている。ジルは半眼になった。
「報告ははっきりわかりやすく伝えろと教えたはずだが」
「あ、はい。でも、うーん、今の上官はロジャー先生だし、みたいな……?」
「――陛下だな?」
答えはない。それが答えだ。眼光を光らせたジルに、生徒たちが慌て出す。
「え、えーっとぉ……先生、おなかすいてない!?」
「そろそろ晩ご飯の時間だよね!」
「陛下は何をしでかした、答えろ。答えないと」
ぼきりと拳を鳴らすと、身を寄せ合うようにしてひとかたまりになっていた生徒たちが、震え上がり、口を開いた。
「ほ、報告します! 竜帝陛下はレールザッツ交易都市に向かわれました! 以上です!」
「教育がたりなかったか? そんな報告でわたしをだませると思うのか」
「ロジャー先生、助けて!」
「俺は日和見主義だから、ここで空気になってまーす」
「この役立たず副担任!」
だん、と座っていた椅子に足を乗せると、全員が黙った。静かに生徒を見据えて、ジルはゆっくり口を開く。
「さあ、報告を続けろ」
「……っそ、の……――こ、皇妃候補も出発したと!」
不運にも押し出された生徒が、後ろに戻ろうと必死になりながらも続けた。
「ミ、ミレーっていう名前の皇妃候補だそうです! 竜妃の代打で会談を取り仕切るよう皇帝に命じられたって……」
「ま、まだ候補だから、先生! まだ決定じゃないから、俺らを殺さないで!」
「きっと皇帝陛下には何かお考えがあるんだって、金竜の子は言ってたよ……!」
「いやでもすごい喧伝しまくってるし、ミレーって子めっちゃ可愛くて強くて賢いって評判高いし、ひょっとしてひょっとするんじゃないか……? 皇帝だって所詮、男だろ」
「た、確かにおとなしい子のほうがいいって気持ちはわからなくも……あ、嘘、嘘です!」
「そ、そうだよ、俺らは先生の味方だから! 先生が竜帝と戦うなら、えっと……足手まといなので観戦します!」
「――わかった」
静かなジルの声に、何やら騒ぎ立ていた生徒たちが、口を閉ざした。
自分は今、笑っているのだろうと思う。心はいっそ清々しい。
「さすが陛下だ。わたしを囮にもしてない、敵に捕まってもいない、転職もしてない――どの約束も破っていない。だからきっと浮気でもないんだろう。わたしは信じてるよ」
足をどけ、椅子の背をつかむと、力の加減を間違ったのかそのまま粉々になった。
「わたしに殺されない自信があるんだとな……!」
「うわー、微笑ましい夫婦の信頼だなァ……」
「ロジャー先生、現実見て! あんたのとこの弟夫婦の話だよ!」
「おかげで方針は決まった」
椅子が粉々になってしまったので、ジルはテーブルの上に腰かけた。足を組み、生徒たちを見回す。
「まずは女王だ。彼女をレールザッツに戻す。これで、クレイトスが捜索隊と称して軍をラーヴェ帝国内に引き入れるのも阻止できる」
「せ、先生は?」
「ここを壊滅させる」
ごくり、と生徒たちが息を呑む。「潜入捜査……」と名残惜しげにロジャーがつぶやいたが無視だ。
「その次は、別拠点を叩く。転移装置で別拠点に移動ということは、カルワリオ派の拠点は転移装置でつながってる可能性が高い。追えるだけ追って、ひとつずつ潰していく」
「聖槍の在処に当たるまで探す気か? ちょっと時間かかりすぎるだろう、それは」
「大丈夫です。女王が戻れば聖槍の捜索が始まる。会談だって始まるかもしれません。アルカは焦って動くでしょう。それにわたしの優秀な代打がレールザッツにはいるわけで、わたしが急いで帰ると陛下のお邪魔になるかもしれませんし、ねえ?」
ジルの笑顔に、なぜかひっと喉を鳴らして全員がおののいた。
「わたしは竜妃らしく、わたしの仕事をします」
「えー、つまり方舟教団そのものを叩いていく……と。そりゃああちらさんへの脅しにはなるだろうけどさぁ……」
「叩くとか脅しだなんて、甘っちょろい仕事はしませんよ」
自分を誰だと思っている。
「根絶やしだ」
宣言したジルに、反対する声はない。八つ当たり、というつぶやきは聞き流しておいた。
 




