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「現在、陛下と前後して到着なさったクレイトスの使節団から救援を求められております。女王が聖槍とともにラーヴェ帝国内で誘拐されたそうで――犯人はアルカだと」
顔色を変えたカミラとジークのほうは見ず、ハディスの斜め横に腰かけてイゴールは淡々と告げる。
「我々を疑ってはいない点は、まずよしとしましょう。ですが、ラーヴェ帝国内で女王の捜索隊の活動許可を求められております。竜妃殿下が到着されるまで、と判断を保留にしておったのですが」
「捜索隊って、要は軍だろ。この状況でラーヴェ国内での捜索とか、ジェラルド王子を回収する算段じゃないって言い切れんのか」
「女王が誘拐されたってのが本当なら、まず帰国してもいいでしょうに抜け目ない……今の使節団を取り仕切ってるのは誰よ?」
「ロレンス・マートン」
カミラもジークもそろって表情を強ばらせた。
「ま、待って。あの狸坊や、くるとは聞いてたけど、仕切ってるの!?」
「へえ、あの横恋慕君かあ……彼は相変わらず度胸があるなあ……」
ハディスの目からますます光が消えていく。まずい。
「アルカに関しては協定があるので、捜索隊を国内に入れるにあたっての政治的な問題は起こりますまい。だが、まんまと言われるがまま入れていいのか。女王の誘拐を疑うわけではありませんが、一方で竜妃殿下も行方不明になっている。そして奇妙な竜の存在。果たして、これらがすべて偶然なのかも合わせて、対応を考えねばなりませんな」
一方でイゴールは落ち着いたものだ。年の功、というやつだろう。おかげで、カミラも頭が回る。
「会談の首脳陣がふたりとも偶然行方不明になるほうが考えにくいわよ。女王とジルちゃんが一緒にいる可能性もあるんじゃない? あるいは、ジルちゃんは女王を見つけて追いかけてったとか……やだありそう。やりそう、ジルちゃん」
「だとしたら協力して捜索隊を作るのが効率的だろうな。けどなあ、あの狸だろ。協力っつって、絶対なんかたくらんでるだろ」
「よねえ。そこが難しいわよ……出し抜けるとは思わないけど、引っかかりたくはないわ。何かいい案ないかしら……って何?」
まじまじとイゴールがこちらを見ている。
「――竜妃の騎士にはまともな人間もいたのか、と」
「失礼じゃない!?」
「確かにうちの鶏とぬいぐるみはおかしいけどな。竜も増えたし」
「――そうか、お前らは竜妃にとってよきタガなのだな」
褒められいる気がしないが、イゴールは静かな目でこちらを見据えた。
「愚弟はどちらかといえば、鶏やぬいぐるみ側でしてな。引き止めてやってくだされ」
「あっ、はい……え、ひょっとして介護のお話だった?」
「さてどうされます、竜帝陛下。鶏よりぬいぐるみより、向こう側におられるようだが」
一気に現実に引き戻された。ずっと黙って思案していたらしいハディスが口を開く。
「状況はわかったよ。きてよかったよね、ラーヴェ。――これで安心だ」
まったく安心できない顔でハディスが笑った。
「何を仕掛けてくるにせよ、アルカの目的はわかってる。会談を破綻させること。もっと言うならクレイトスともめさせて、互いに弱ったところを横から殴ること。だったら僕らは会談を成功させればいい。まずはクレイトスの使節団をきちんと話し合おう、いいね?」
「わかった。が、実際どうするんだ。捜索隊は出すのか」
「横恋慕君の態度次第かな」
冷気の漂うハディスの笑顔に両腕をさすりながら、カミラも確認する。
「じゃ、ジルちゃんの捜索はどうするの?」
「ジルのことだから戻ってくるでしょ、会談までには。僕は信じてるよ」
まったく信じられない顔でハディスが立ち上がった。
「細かいことはまかせるよ。使節団との交渉の場ができたら呼んで。あと、ジルの荷物があるなら全部僕の部屋に運ぶこと。馬鹿竜たちもね」
「承知いたしました。帝都から兵の補充などは?」
「ミレーを今、急ぎでこっちにこさせてるよ」
何かと今回つきまとう侍女見習いの名前に、嫌な予感がした。イゴールも不可解な顔をしている。臣下たちの困惑に気づいていないのか、ハディスは組んだ足先をぷらぷらさせながら続けた。
「竜を大急ぎで飛ばしてるけど、手続きもあったから到着にはもう少しかかる。彼女を僕の皇妃候補にしたんだ」
「「「は?」」」
イゴールと声がそろってしまった。
幻聴だろうか。今、皇妃候補とか聞こえたような――皇妃候補ということはあれだ、皇帝の花嫁候補で、今の皇帝はハディスで、つまり竜妃以外のハディスの花嫁候補ということだ。
「――陛下はまさか、レールザッツを滅ぼすおつもりで……!?」
イゴールが考えすぎなようで、間違いと言い切れない未来を予知する。
「まさか。僕はこの国を守る皇帝だよ」
国を守る皇帝は、そんな薄暗い愉悦に満ちた笑みを浮かべない。
「君たちも竜妃の騎士だからって彼女をいじめちゃだめだよ。丁重に扱ってあげてね」
「それは俺らも隊長の怒りに巻きこもうって算段か!?」
「このまま竜妃が戻ってこなければ、皇妃候補に会談を取り仕切らせる。これは勅命だ。これで信じられるだろう? ――絶対に、竜妃は戻ってくるって」
そんな信じ方があるか。いやでも正しいのかもしれない。なぜなら全員、ハディスをさがして拳を鳴らす竜妃の姿が浮かんだからだ。「レールザッツが……」とつぶやくイゴールの中では、燃え落ちる街の背景がついているのだろう。
気の毒だった。




