13
藪の中を音を頼りにして、カミラは馬を走らせていた。
竜は消火が終わった件の集落に置いてきた。そわそわしてあぶなっかしいからだ。あの集落にもまだ何か情報が残っているかもしれないと、いったん別行動をとることにした。
竜妃を追うのは、カミラら竜妃の騎士たちと指導係のフィンだ。残りは集落に残って、カミラたちが夜までに戻らない場合は帝都に連絡を飛ばすことになっている。
壊れた馬車の欠片を投げ捨て、ロルフがつぶやいた。
「ここから足跡は消えとるな。車輪もない。竜を使ったか、それとも……」
「竜妃殿下はご無事でしょうか……竜の王も」
責任を感じているのか、フィンの顔が青ざめている。その肩をジークが叩いた。
「大丈夫だ、今までの経験からいって無事じゃないのは敵のほうだ」
「いや、そんな。りゅ、竜妃殿下の強さは存じ上げておりますが、竜の王はまだあんなに小さくて、ころころで……」
「ローちゃんに手を出したら竜が黙ってないわよ。何より……」
カミラの説明を爆音が遮った。森のほうからあがった煙と光が、爆風と一緒に届く。魔力の光、そして炎だ。竜や鳥が飛び去っていく。
「ぴよぴよどもか」
「い、いや、あれって……その、ねえ」
「あ、ああ」
「とにかく行きましょう!」
馬の扱いもうまいフィンがひらりと馬に飛び乗り、先頭を走る。
ほどなくしてカミラたちの目の前に広がったのは、まさしく地獄絵図だった。
焼け落ちる森と目を光らせているくまのぬいぐるみ。足で木の幹をつかんで振り回し、敵を撲殺する鶏。空に向かって炎を吐き出す赤竜――。
ロルフがつぶやく。
「ここが地獄か」
「や、やあねえ、おじいちゃん。これが竜妃の騎士の実力よぉ……おじいちゃんも仲間よ」
「前よりひでーぞこれ、くま陛下の弱体化って解除されちまったのか?」
「な、なぜ、ぬいぐるみが、立って……鶏が、戦って……」
「コッケエェェエェェェ!」
木の幹に殴られ、黒フードの敵が星になった。はっとロルフが叫ぶ。
「おい、生け捕りにしろ! 情報源じゃ!」
こちらに気づいたのか、黒フードの集団が一斉に姿を消した。
転移だ。
木の幹を投げ捨て、ソテーが勝利の雄叫びを上げる。その衝撃でぱたりとハディスぐまが横に倒れた。
「っきゅう!」
ひょっこりマイネの背中からローが顔を出す。馬からおりて近づいたカミラは両腕を広げてローを受け止めた。
「ローちゃん! 無事でよかった……ジルちゃんは!?」
「きゅーきゅっきゅ、きゅうきゅきゅうきゅきゅきゅううきゅっきゅきゅ」
「何言っとるかわからん」
ロルフの言葉に、ローは固まった。
しばらくカミラの腕の中で考えていたと思ったら、腕から飛び降りて、背後のマイネと、ハディスぐまを回収しているソテーに「うきゅうっきゅ」と説明を始める。
そして、ローがハディスぐまを背負い、自分とハディスぐまを何度も交互に示した。
「……くま陛下が、ローちゃんってこと?」
「うきゅ!」
こくこくと嬉しそうに頷いたローが、ハディスくまを振り回しながら歩き出す。
「うきゅー、うきゅー、うきゅきゅきゅー!」
助けを呼んでいるらしい。ひょっとして「ジルー、ジルー、たすけてー!」と言っているのだろうか。その叫びを受け、ソテーを背に乗せたマイネがその場でゆっくり足踏みを始めた。
「ギャオー」
「お、追いかけてる……のね? ローちゃんを助けに、ジルちゃんが」
「うきゅう!」
「で、どうなったんだ」
「コッケエェェェェ!」
雄々しく鳴いたソテーがマイネの背から飛び上がり、回転をつけてロー役のくま陛下を蹴り飛ばす。
「うっきょー」とローが棒読みの悲鳴を当てた。
ぽてっとハディスぐまが遠くに落ちる。それをソテーが拾いにいき、そこへマイネもついていった。
全員がこちらを向いて、ローが胸を張る。
「うきゅきゅい!」
ひょっとしておしまい、と言ったのか。ジークが唸る。
「何にもわかんねえ……」
「うきゅ!?」
「な、なんてことだ、すごい……こんな劇ができるなんて、さすが赤竜と黒竜……!」
「しっかりしてフィン君、現実から目をそらさないで。――おじいちゃん?」
ロルフがしゃがんで地面をいじっている。
「何かわかった?」
「なんもかんも熱線と竜の炎で焼き尽くされとるわ。おい、あっちで燃えとるのは竜の花じゃないか!? なんともったいない……お前ら破壊しかできんのか。もっと頭を使え」
「コケェ……?」
目を光らせたソテーがハディスぐまをかまえる。カミラは慌てて割って入った。
「わかってるわ、ソテー。苦労してるのよね。失敗すれば一品料理だものね……」
「しかし、竜の王がさらわれたらもっとややこしくなっとった。お手柄じゃな」
「狙いはロー坊だったってことか?」
「あわよくば、じゃろ。こんなオモシロ殺戮部隊に挑むのに、転移ができるとはいえあの軽装備はない」
「ともかくジルちゃんをさがしましょ。でないと状況が――」
「コケッ」
ソテーが羽を羽ばたかせて会話を遮った。皆の注目を浴びて、首を横に振る。
「さがすなってことか? 隊長を? なんで」
ソテーが横目でローを示す。カミラは溜め息を吐く。
「ローちゃんを守れ、かまうなって命令されたのね。ジルちゃんたらまったく……でも戻ってこないのは困るのよ。会談があるんだから」
クレイトス側からは女王が出てくるのだ。ジルのかわりになるとすれば、ハディスくらいしかいない。ジークが周囲をぐるりと見回した。
「ともかくこの周辺をもっぺんさがすか。あの馬車から――って、突くなソテー!」
「コケッコケ、コケー!」
びしっとソテーが羽先をレールザッツの方角へと向け、再びハディスぐまをかまえた。
カミラとジークは後ずさり、少し距離を取ってこそこそ話し合う。
「どうする、レールザッツに行かないと殺す気だぞ、あれは」
「でもジルちゃんなしで行っても意味ないわよ。アタシらはジルちゃんの護衛なんだし」
密談をざあっと上からきた強風が遮った。通りすぎていく影に、カミラは空を見あげて仰天する。風の音の中に消え入るような奇妙な旋律が、かすかに聞こえた気がした。
「ちょっ……あの竜! こないだのじゃない!?」
逆光でよく見えないが、妙な黒い靄がかかっている。鱗の色も判然としない。何より、ここにいるローに見向きもしない。それに、その上に乗っているのは、先ほど転移で逃げた襲撃者たちではないのか。
「……その鶏が正しいじゃろ。今の儂らにできることなぞ何もにない。レールザッツに行くべきだ」
「今のもほっとくの!? 何にもわからないままじゃないの」
「そうとも限らん」
埃を払って立ち上がったロルフが、焼け落ちた布きれをカミラに向かって投げる。黒い布きれと一緒に焦げたついた白い花びらをそっと取り除くと、さらに黒の糸でわかりにくく刺繍があらわれた。
十字架に貫かれた、蛇と林檎。カミラたちより先に、帝国軍人のフィンが顔色を変える。
「方舟教団アルカのシンボルマークです。……じゃあ、あの竜はアルカが使役してるのか!?」
「待てよ、元はクレイトスからきた竜だろ?」
「それとは別なんじゃろ。マイナードが乗ってきた竜は魔力の音なんぞせんかった」
振り向いたカミラたちに振り向かず、ロルフは地図を広げ何やら書きこんだあと、さっさと馬に飛び乗った。
「ほれさっさと戻るぞ、ぐずぐずするな。レールザッツ公は遅刻に厳しいんじゃ。儂は怒られるのはごめんだからな!」
「……おじいちゃん、解説……」
「儂はなーーーんにも知らん。面倒はごめんじゃ」
追及する前に、ロルフは鞍を蹴って馬を走らせてしまう。慌ててカミラたちはソテーとローを回収し、再び馬を走らせた。
 




