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「……ジェラルド王子の目撃情報!?」
部下からの報告を聞いたジルは、食堂で朝食を取る手をとめてつい声をあげてしまった。しーっとカミラに人差し指を立てられ、慌てて口をふさぐ。
一晩、個室でしっかり休ませてもらったので体調は万全だ。朝の運動もすませ、食欲を満たしている最中だった。椅子の足元に置いてある革袋の中でローはまだ眠っているが、ソテーはしっかり目覚めて、わざわざ皿に盛ってもらった麦をついばんでいた。
同席しているカミラが折りたたんだ地図を取り出して必要な箇所だけ見せる。
「そう。噂をまとめたところによると、この先にあるララチカ湖を抜けた、旧街道の方角。このあたりに、ジェラルド王子を見かけたって情報が集中してるみたい」
「わたしたちが飛ぶルートからは、ちょっとはずれてますね」
「――ネビュラ地方の、旧ザザ村付近ですか。キナ臭いですね」
食卓に同席しているフィンのつぶやきに、カミラが顔をしかめた。
「ザザ村って、あの有名な怪談村でしょ。村人が一晩で全員消えて、廃村したっていう」
パンを喉に詰まらせそうになった。フィンが慌てる。
「だ、大丈夫ですか、竜妃殿下」
「へ、へへへへ平気です。あのでも、か、かかかか怪談村って……」
「ああ、そういう怪談があるんですよ。ですが、ここには別の噂もあって……竜妃殿下は方舟教団をご存じですか?」
真面目な顔をされ、ジルはまばたいた。
「方舟教団……アルカですか?」
フィンが頷き返す。カミラが身を乗り出した。
「あれよね、竜神ラーヴェも女神クレイトスも否定するプラティ大陸の陰謀論集団。でもだいぶ昔に壊滅したんじゃなかった? 千年祭かなんかで自爆テロされたとき、クレイトスとラーヴェが協定まで結んで壊滅に追いこんだんでしょ」
「わたしも、方舟教団アルカだけは面倒な手続きなしにぶっ飛ばしていいってサーヴェル家で教わりました。発見次第殲滅ですよ! ……なんですか?」
拳を振り上げたジルに、全員がぶるぶると首を横に振る。
「んで? そのナントカ教団と、その村になんの関係があるってんだ」
無言で朝食を腹に収めていたジークの質問に、フィンが話を戻す。
「ザザ村の村人消滅はアルカの仕業って噂が前からあったんです。まあ、その手の謎の黒幕がアルカっていうのは定番なんですが、最近になってこの一帯、竜が飛びたがらないって報告もあがってきてまして。人為的に強力な竜よけが使われてるんじゃないかと疑われてます」
「こんな広い範囲での竜よけなんてあるの? 聞いたことないけど」
「それはそうなんですが、竜封じも魔封じもアルカの十八番ですから」
確かにジルも、方舟教団アルカはクレイトスとも違う独自の魔術理論を確立しており、奇妙な術を使うと教えられてきた。
「とはいえ、何か事件があったわけではありません。しかも竜が使えないとなると、調査はどうしても後回しになりがちですから……しかしジェラルド王子が目撃されたとなると……」
「アルカと手を結んだのかもってことよね」
カミラの結論にフィンは肯定も否定もせず、顔をあげた。
「日程には余裕がありますから、こちらによる時間はあります。どうされますか」
「やめておけ」
隣の小さな丸テーブルをひとり陣取り、新聞を読んでいるロルフが、話に割って入った。
「ガセじゃろ。そう簡単に見つかったら苦労せん。三公も帝国軍も面目丸つぶれじゃ」
「噂を確認してこいってアタシたちを働かせておいて、それはないでしょおじいちゃん……」
「儂は噂を確認してこいと言っただけで、振り回されろとは言っとらん。確かに、アルカにとって妹に王位をぶんどられたクレイトスの王子なんぞ、格好の獲物じゃろうよ。じゃが、あのクソ真面目そうな王子が引っかかるとは思えんし、本当にそこにアルカの拠点があるなら、目撃情報は流されとると考えるべきじゃろ」
罠か、攪乱か――確かにその可能性もある。
「レールザッツで無事会談する以上の価値があるとは思えん。会談次第で、その王子の処遇なんぞいくらでも変わる。優先順位を間違えるな。今いちばん大事なのは、無事会談をして、ラーヴェに少しでも有利な条件をもぎとってくることじゃ」
ロルフの言うことは一理ある。ふかし芋を食べ終えたジークが、フォークを置いた。
「じゃあ、せめて帝都に連絡しとくか? 必要なら手を打ってもらえるだろ」
「そうですね。竜宿に頼めば急使の竜を飛ばしてもらえます。それともロー様がいれば陛下には伝わりますかね?」
「そのぴよぴよ竜、こないだ地図で折り紙しとったぞ。場所が伝わるのか?」
ジルの足元でまだぐうぐう寝ている竜の王に、皆のなんともいえない視線が集まる。
「……場所も含めてちゃん連絡しておきます」
フィンが苦笑い気味に提案した。カミラは残ったサラダをフォークで突く。
「アルカにジェラルド王子まで相手ってなると、軍が出るのかしら」
「まだ、確証のないただの噂です。最初は信頼できる数名の部隊で斥候を出すんじゃないでしょうか」
「竜帝はあれを使うじゃろ、あのミレーとかいう見習い」
テーブル中央の籠にあるパンを取ろうとした手がつい止まってしまい、狙っていたパンをジークに取られてしまった。ええ、とカミラが椅子ごとロルフに振り返る。
「強いとは聞いてるけど、そこまでまかせる? 侍女見習いよ?」
「ふん、侍女だろうが侍女見習いだろうが、帝城の女は全部竜帝の皇妃候補じゃろうが」
その場の空気が凍った。新聞から目を離さず、ロルフが乱雑に続ける。
「魔術に精通しとるんじゃろ。使えるかどうか確かめる格好の機会、本人もここで功績をあげればさらに皇妃候補としてひとつ抜け出られ――ふがっ」
「じいさん、このパンうまいぞ食え」
「あ、ジルちゃん、この果物すっごくおいしかったわよぉ。ひとくちどう?」
「調べましょう、ここ」
ジルのひとことに、全員の動きが止まった。パンを口にぐいぐい突っこまれていたロルフだけが解放され、げほげほと咳き込んでいる。
「帝城に知らせるのはそのあとでかまいません」
「な……何をまた面倒なことを言い出すんじゃこのぴよぴよ、お前の仕事は」
「今のはじいさんが悪いだろ!」
「そうよそうよ、余計なこと言うから! ジルちゃん、ガセかもしれないし」
「わたしが調べるのに、何か不都合がありますか?」
全員が押し黙った。ええと、とフィンが切り出す。
「では……そのように、皆に伝えてきます、ので……」
「お願いします」
「おじいちゃん、謝って! なんとかして!」
「そうだ、余計に多く飛ばされることになったじゃねえか!」
ジークとカミラのふたりに詰め寄られたロルフは口をへの字に曲げ、おもむろにジルが椅子の背もたれに引っかけた鞄を指さした。
「――それ、竜帝に革手袋じゃろう。それでいいじゃろうが」
「なんですか、いきなり」
「滅多に見られるもんでも、簡単に他人に渡してもいいもんでも、ましてや竜帝自ら縫ってもらえるもんでもないんじゃぞ、その手袋にある竜帝の紋は」
ジルは驚いて、鞄からはみ出ている手袋を見る。
「……。こ、これってそんなに大事な紋様なんですか!?」
「竜帝の紋は、竜神ラーヴェが神域から持ちこんだ神紋にいちばん近い形をしとるっちゅう話じゃからな。あの警戒心の強い竜帝が、竜妃とはいえ他人に見せたのが驚きじゃ」
「えーでも、なんか機能してるわけじゃなさそ――った、何すんのよ熊」
「お前は無駄に陛下に張り合って話を混ぜっ返すんじゃねぇよ」
「ふん、物知らずが。いいか」
あ、とジルとカミラとジークが身構えたが、遅かった。ロルフが語り出す。
「確かに神紋は人間が復元できたとしても、効果を引き出すことはできんと言われとる。まず魔力がたらず、魔術として機能せん可能性が高い。じゃがそれ以上に、そもそも竜神ラーヴェの紋も、女神クレイトスの紋も、大元の正確な形が残っておらんのじゃ。実際、年代ごとに伝わる形が微妙に違っとる。じゃが、竜神も女神も器を介して顕現しとるのに、正確な形がわからんのはおかしいじゃろ。神でないとそもそも正確に描けない不描写説、ヒトの目では認識できない不認識説、神域から地上に降りた際に既に形が欠けていた欠落説、様々な説があるが、儂は――おい、なんだ! 話はまだ終わっておらんぞ!」
「はいはいおじいちゃん、その長い話はアタシ聞いたげるからもう行きましょ」
「あのじいさん、ほんと、うんちくが長いよな……」
ロルフを引きずっていくカミラを見送りながら、ジークがテーブルに残った食器を重ね、足元にあるローとハディスぐまが入っている鞄を肩にかけた。
「で、結局調査には行くのか」
「……子どもっぽいと思います?」
肩に担がれた動きで目を覚ましたのか、ローが寝ぼけ眼で鞄から顔を出した。
頬をかいて、ジークが答える。
「いいんじゃねーの、それくらい。実際、ジェラルド王子の行方は気になるし」
「……うきゅ?」
何の話か不思議に思ったのか、ぱちぱちとローが大きな金色の目をまばたく。その頭をジークが乱雑に撫でた。
「竜が近づかねえって場所も、まあ危険かもだが、ロー坊がいりゃなんとかなるさ。な」
「きゅ!?」
「そうだな、ロー。頼むぞ!」
ジークとジルを交互に何度も見たローは、ぶるぶると震えたあと、再び鞄の中に入ってしまう。ジークもジルも顔を見合わせて笑った。




