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竜での移動は、竜の飛行速度に大きく依存する。
一般的には階級の高い竜ほど速く飛ぶと言われているが、実際の飛行速度には竜の重量、翼の形やバランス、乗り手の力量や荷物の積載量なども関係してくる。
帝都ラーエルムから交易都市レールザッツまで、商団が竜で荷物を運ぶ場合、飛行日数は五日間ほどとって予定を組むらしい。今回ジルに同行するのは帝国軍から選抜された竜騎士団なのでもっと速く飛べるのだが、マイネは団体飛行が初めてだ。
赤竜は知能が高いが、訓練を受けていない以上、野生竜と変わらない。隊列を組んで飛行ができるか未知数だ。加えて乗り手であるジルは、ひとりで初めての長距離飛行になる。日程は飛行訓練も兼ねて十日と、余裕を持って組まれていた。
マイネではなく、既に訓練された竜でレールザッツに向かうべきだという意見もあった。しかしマイネで行くというわがままを通したのはジルだ。
竜妃が自らの騎竜をつれ、クレイトスとの会談へと向かう。政治にはうといが、はったりの大切さは理解している。
しかし、はったりをはったりのままで終わらせてはならない。レールザッツ領までの道程で、ジルはマイネを御せるようになるつもりだった――のだが。
「こらマイネ! そっちじゃないってば!」
マイネが不満げに鳴いた。どうして自由に飛んではいけないのかと思っているのだろう。あるいは、周囲を一緒に飛ぶ他竜がうっとうしいのかもしれない。
最初はジルの緊張がマイネにも伝わっていたようで、おとなしく周囲に合わせて飛んでくれた。だが昼休憩を挟んだあとから、だんだん動きにむらが出るようになってきている。もともとジルに挑んでくるような気性の荒い竜だ。
今も、苛立たしげに高度をあげようとする。
「駄目だって、高度はこのままだ。できるだろう、お前なら」
「ギュ……」
「いえ竜妃殿下、マイネに従いましょう。いい風がきてます」
近くを飛ぶ竜騎士から声をかけられた。帝国軍で普段から新人の竜騎士の教育にあたっている指導係のフィンだ。薄茶の髪をなびかせた若い竜騎士は優しげなのに、マイネににらまれても動じない。
「マイネは風に乗って飛びたいんですよ。速度もそのほうがあがりますし」
「わかった。じゃあマイネ、上に……って今度はさがろうとするな! 殴るぞ!?」
「ギャウ!」
やれるものならやってみろと言わんばかりの乱暴な応答だ。ジルは片手の指を鳴らした。
「いい度胸だ。この高度ならわたしが臆するとでも思ったか?」
「竜妃殿下がマイネの挑発に乗ってどうするんですか。まあ、みててください」
フィンが手綱をさばき、高度をあげる。そうすると周囲も自然を高度をあげた。速度もあがり、マイネを置いていく形になる。
むっと顔をあげたマイネが、翼を動かした。それだけでぐんと高度と速度があがり、あっという間に追いつき、追い越そうとした。もはやジルの手綱に縛られる気がないらしい。
「マイネ……!」
呼びかけても無視だ。これはローに怒ってもらうしかないのかと諦めかけたとき、竜騎士たちが隊列を組んだまま追いついてきた。むきになったのか、金目を剣呑に光らせたマイネがさらに速度をあげようと、大きく翼を広げる。
マイネが起こした強風にあおられ、フィンの緑竜が体勢を崩した。
顔色を変えたジルと同時に、マイネが硬直し動きを止める。
フィンの緑竜は体勢を整え直したが、高度が落ちている。だが首を持ち上げた。隊と、正確にはマイネと高度を合わせようと、再び翼を動かし始める。
突然、マイネが速度を落とした。それに合わせ、全体の速度がさがる。
びっくりして、ジルはマイネを見つめる。マイネは知らんぷりだ。だが、すんなり緑竜は高度をあげて追いついてきた。
ちらと見ると、フィンは片眼をつぶって唇の前に人差し指を立てた。
そのまま隊列は崩れることなく進み、予定より多く飛んだところで竜宿を見つけて、おりることになった。
竜宿とは、竜が休む竜舎を備えた、竜で旅する者たちの宿場だ。ラーヴェ帝国の街道沿いや竜が多く集まる水場の近くなどに点在している。旅の一座から商隊まで利用者は様々で、混み合うと外の広場に天幕を張って野宿と変わらなくなってしまうのだが、火や水はもらえるし、屋内で食事もできる。何よりひとが集まり火を囲めば、それだけで安全度があがる。
山が切り開かれた場所、空からよく見える竜宿は幸いにもあきがあり、宿の主人は飛び込みのジルたちを喜んで招き入れ、部屋を用意してくれた。
マイネを預けに竜舎へいくと、世話役は赤竜の姿に一瞬口をあけてぽかんとしたものの、すぐさま仕事に取りかかり、鞍をはずすのを手伝ってくれた。マイネは鞍をはずされるなり、どこぞへ飛び去ってしまう。不安に思ったが、竜舎の人間いわく、近くに竜たちが好む水場があるらしい。
人間の宿はあっちだの色々説明を受けている間に、ひょっこり橙竜が顔を出して、びっくりした。聞けば、宿の主人の竜だそうだ。恰幅のいい宿の主人が竜に乗っている姿は想像がつかなかったが、もともとこのあたりを縄張りにしている橙竜で、騎竜というよりこの竜宿の護衛みたいなものだと説明された。なんでも先代から続いている関係らしい。いい共存関係にあるようだ。初めて橙竜を見たと言うと、赤竜のほうが珍しいですよと笑われた。
ちょうどそこへ竜を預けにきたフィンがやってきて、ジルは慌ててそちらへ向かう。
「あの! さっき、怪我してませんか。あなたも、あなたの竜も」
振り向いたフィンは、ちょうど騎竜の鞍をはずしてやったところだった。ぽんと首を叩くと、自由になった竜が飛び上がる。マイネと同じように水場へ向かうのだろうか。
「見てのとおり、大丈夫ですよ。そもそも、私が体勢を崩すフリをしただけですし」
驚いたジルに、フィンは近くの木箱に座るよう勧めてくれた。
「少し、竜のお話をしましょうか」




