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空からひらりと綺麗に着地したのは、ジルと同世代の少女だった。
ジルより頭ひとつ背が高く、年齢はひとつ上の十三歳と聞いている。左右でまとめられた金髪の三つ編みの輪をゆらし、音を立てて踵を合わせ、ハディスに向けて敬礼をする。
「空中哨戒、問題ありません。頼まれた荷物も運びこみました」
「そうだった、荷物。ありがとう、ミレー。ちょっと待ってて、ジル」
首肯したジルを置いて、ハディスが踵を返す。一緒にハディスの背を見送ったあと、ミレーと呼ばれたハディス付きの新しい侍女見習いが、くるりとジルに向き直った。
「竜妃殿下は、何か忘れ物など気にかかることはございませんか?」
「あ、いえ。わたしは大丈夫です。お気遣いなく……」
少々歯切れ悪く答えたジルに、ミレーは苦笑い気味に答える。
「ひとりで竜に乗る旅は、初めてと聞きました。緊張しておられますか?」
「ま、まあ、ぶっつけ本番なので……」
聞き耳を立てられている気がして声が小さくなってしまうが、ミレーは堂々としている。
「もう少し時間があれば私も飛行訓練に協力できたのですが……陛下を残して行かれるのもご不安ですよね。すみません、わたしが未熟なばかりに」
「い、いえ。ミレーさんはこの間、陛下を守ってくださったじゃないですか」
「たまたまですよ。それに、そのおかげでこうして陛下をおそばでお守りする役目をいただけたのですから、私は幸運でした。……ラーデアで死んだ両親も喜んでいるでしょう。南国王と戦う陛下のお姿を、私は決して忘れません」
曖昧な返事しか返せないのは、子どもっぽい。わかっている。だが、どうにもできない。
最近、帝城で新しい侍女が募集され、見習いが大量に雇い入れられた。三公と呼ばれる大貴族がハディスのために手配した者も多いと聞く。ミレーもそのひとりだ。
(べつに、それだけならいいんだが……)
ジルが引っかかるのは、ミレーの立ち位置が自分によく似ているからだ。
実は、似ていると感じるのは彼女だけではない。
髪や目や肌の色の濃淡、背の違いなど、細かい違いに目をつぶればジルによく似た背格好や年頃の少女たちが、周囲には何人かいる。
ハディスは女神に操られる十四歳以上の女性を寄せ付けたがらない。だからジルと同性代の少女たちが採用されるのはわかる。だが、なぜジルに似た見てくれや魔力なり武芸に心得のある少女たちが多いのか――あわよくば皇帝ハディスの気を引こうという野心が透けて見える。
要は、彼女たちは侍女見習いと称して集められた、皇妃候補たちなのだ。
特にミレーはまだ採用されて日が浅いが、飛び抜けて優秀で、評判がいい。侍女見習いが一堂に会しハディスと初めて顔を合わせる場所に紛れこんだ暗殺者をねじ伏せるという活躍ぶりだ。その剣の腕前は確かで、ラーヴェ帝国では珍しい高い魔力の持ち主であり、魔術理論にも精通していると聞く。
初対面でミレーはハディスに目をかけられ、侍女見習いたちの中でも頭ひとつ抜けた扱いになっている。動きやすいものがいいというミレーの要望を聞き入れ、彼女には騎士服に似た特別なお仕着せ用意し、帯剣まで許したのがその証左だろう。
一方でハディスは、疑ったわけでもないのにジルにわざわざ「皇妃なんて僕はいらないからね」と告げにきた。ジルの女官長である元第一皇妃から「信じてはなりません。最初は形だけ、次は本当に愛しているのは君だけ、最後は理解してくれが殿方のお約束です」と教示されたが、ハディスに限っては本音だと思う――のは、ちょっと恋に目がくらんでいるだろうか。
しかし、信じていても、それはそれ、これはこれ。腕が立って魔力があるだけでなく、語学堪能で教養も高く礼儀作法も完璧で優秀とくれば、完全に自分の上位互換だ。周囲もそう噂している。ジルはいまだに婚礼用の手袋への刺繍すらあやういのだから。
そんな人物を夫のそばに置いて、これから旅立つ。これで平然としていられるほど、ジルの乙女心は頑丈ではない。
「おまたせ、ジル。――どうしたの?」
両腕にマントを抱えて戻ってきたハディスをついついにらんでしまう。
「別に、なんでもないですよーだ」
「陛下、よければお荷物お持ちしましょうか」
子どもっぽいジルと真反対に、ミレーはハディスのふさがった手元を見て気遣ってみせる。
それもまたジルを複雑にさせる。
「いいよ、大丈夫」
何より、ミレーに対するハディスの物腰は、優しい。
「そろそろ時間だね。やっぱりやだな」
でも、しゃがみこんでジルにマントを羽織らせてくれる手つきは、もっと優しい。
「君と一秒だって離れたくない」
上目遣いでねだられた。
(くそ)
やっぱり乙女心はもろい。不信がいっぺんに吹き飛んでしまった。
 




