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ハディスとヴィッセル、三公のぽかんとした顔にジルは両肩を落としてしょげてみせた。
「しいて言うなら、わたしが犯人でしょうか。お騒がせしてすみませんでした」
「いや、待て待て待て待て、あり得ない」
ひとりきらびやかな椅子――玉座に座ったハディスの右手側から、三公のひとりブルーノが前に出る。ジルは目を丸くした。
「どうしてですか?」
「どうしてって、ないからだ。ない。……ないよな? ん、あるか?」
目配せされたモーガンが、面倒そうに舌打ちする。
「迷うな、馬鹿が。……とはいえ、竜妃殿下。ご説明願えますか」
「わたし、実は陛下に内緒で新しい栄養ドリンクを開発してたんです!」
あっけにとられている男どもを尻目に、ジルは拳を握って語る。
「陛下は体が弱いですからね。ヤモリとかマムシを炭火焼きにして粉末にしたり、滋養強壮っぽいものは全部ぶち込んで、甘くなるよう蜂蜜や口当たりなめらかになるようミルクもまぜて、あとは良い匂いがするハーブとか草とかまぜた、紅茶を目指してました……! それが完成した日だったんです! 消毒用のアルコールも振りかけて、あとで陛下に飲んでもらおうと」
でも、と大袈裟にジルは訴えかける。
「まだマムシの毒が抜けてないのに、間違えて持ち出されてしまったんです。まさか陛下が飲んでしまうなんて! 竜と蛇って似たようなものだから毒も逆にきくかなって思ったんですけど駄目でした。ご無事で本当によかったです。以上、ご静聴ありがとうございました」
ぺこり、と頭をさげて、すぐあげる。
「で、皆さんにお話があるんですけど」
「いやいやいや、だから待て! そんな馬鹿な話が……ある、か?」
もう一度ブルーノにうかがわれたモーガンが青筋を立てる。
「あるわけないだろうが! 竜妃殿下、いくらなんでもそんな馬鹿な話は通りません。通せば三公の沽券に関わるくらいのひどい筋書きだ! そもそも昨日、後宮で暴れたのを忘れたとは言わせませんよ。きちんと説明していただきます」
「あれっ演習だって言いましたよね? いい運動になりました! 後宮の警備はなかなかのものですね! ノイトラール出身のお妃様はなかなか強かったです、さすがです!」
「うむ、そうだろう! いい運動になったはず」
「お前はもう黙ってろ脳筋公! 竜妃殿下、なめた真似もいい加減にしていただきたい!」
「ところでフェアラート公、前皇帝の身柄を引き取っていただけませんか」
勢い込んだモーガンの動きが止まった。
「竜の花冠祭を機に、皇妃たちから引退したいと相談されたんです」
「……姉……いや、第一皇妃殿下もそのように?」
「ええ。カサンドラ様もそろそろゆっくりしたいとおっしゃっておられました。そうすると前皇帝の新しい住まいが必要でしょう。前皇帝のお母様はフェアラート出身の方で、縁深いとお聞きしています。落ち着けるのではと思うんですが、どうですか?」
全員がモーガンを見ていた。その中で、モーガンが様々な計算を一気にしているのが瞳の動きでわかる。ジルはほくそ笑んだ。
今までハディスに反旗を翻してきたのはフェアラート公の縁者が多かった。うまくフェアラート公は切り抜けてきただろうが、内心、これ以上の面倒はさけたいはずだ。後宮にせよ前皇帝に縁深い人間は、必然的に自領に集中する。どこの誰がどうつながっているか調べるためにも、まず自分の手元に置いて処理したいだろう。
「もちろん、ご不満であればレールザッツ公かノイトラール公にお願いしようと思います」
「喜んでお引き受けいたしましょう」
さすが、判断は早い。
「ありがとうございます! カサンドラ様はわたしの女官長になっていただくので、しばらくお返しできませんが」
「姉が竜妃殿下にお仕えすると? それはそれは、身に余る光栄ですな」
口元をゆがめたモーガンが、わざとらしい笑顔を浮かべて頭をさげる。
「誠心誠意お仕えするよう、姉にお伝えください。竜妃殿下は賢明であらせられるが、まだまだ幼くもいらっしゃる。――何せ、あわや毒殺かと疑ってしまうような悪戯を陛下にしかけてしまわれるのですから」
「悪戯じゃありませんよ。愛です」
「確かに。失礼しました。いやはや仲睦まじさは若さ故ですな。羨ましい」
ひとり、片づいた。ジルとモーガンを交互に眺めて、ブルーノが首をかしげる。
「つまり――どういうことなんだ。事故だったのか。いやしかし……」
「ノイトラール公、わたしは竜の花冠祭を成功させたいんです。騒ぎが大きくなればそれは難しくなる。――もし、騒ぎが大きくなれば」
「なれば?」
「腕相撲大会が開けなくなります」
ブルーノの目が光った。
「よしわかった、決着は腕相撲大会でつけよう! あとは知らん!」
ははははは、と笑い声が響いた。老人らしいゆったりした動作で、イゴールが笑う。
「うまいこと丸め込んでいきますのう。――して、このジジイにはどのような褒美を? まさかフィーネの無罪放免ですかな」
「だめですか」
「あれはあれの考えがあり、行動した。フリーダもリステアードも、自分のしたことは自分で責任をとれる。そう育っているはずでしてな。――レールザッツをなめるなよ、小娘」
隙なくイゴールが笑う。代々レールザッツ公は竜神と竜帝への忠誠が強いのだと、カサンドラから聞いた。だからこそ簡単には認めないだろうと。
だが大事なのは、的確に、相手の望みを差し出すことだ。
「では、未来に投資するのはどうでしょう?」
イゴールが顎に手を当てて、目を細める。
「なかなかうまい言い方ですな。ですが、投資するだけの根拠がなければ賭けませんぞ?」
「竜妃宮の管理人に今回、色々協力してもらいました」
ほう、と面白そうにイゴールが手を打つ。
「あれをつかまえましたか。やりますな。生きてましたか、私の弟は」
「今後も竜妃宮の管理人を続けてほしいと思ってます。――わたしの、軍師もかねて」
ほうほう、とイゴールが頷き、顎をなで続ける。
「面倒くさがりのあれが名乗るわけがない。よく正体がわかりましたな。サーヴェル家の姫君のお耳に入っていた、ということか」
ロルフ・デ・レールザッツ――その名前を、サーヴェル家で知らない者はいない。
二十年ほど前、クレイトスの王都が奇襲された。おそろしく緻密で、奇抜な奇襲作戦だった。ラキア山脈を越えるのではなく、軍艦でひそかに竜を運び海から王都を叩いたのだ。ラキア山脈に配置された軍は見せかけだとサーヴェル家が慌てて王都に向かったときには既に大半の軍が引き上げており、手隙になったサーヴェル領を通り抜け、ラキア山脈を越えてレールザッツに戻っていったという。
結果、クレイトスは王都を遷都することになり、海岸沿いには対空魔術の装置が並べられるようになった。
「祖父から散々聞かされましたから。――どうです、面白いと思いませんか?」
「と、申しますと」
「サーヴェル家の娘と、レールザッツ家の軍師が手を組むんです。魔法の盾なんておとぎ話にすがるより頼りになる、新しい伝説が生まれそうじゃないですか」
目を輝かせたイゴールが、笑い出した。膝をうち、人の悪い笑みを向ける。
「よろしい、のった! かつて生家を窮地に追いやった相手と手を組む竜妃殿下の本気、受け取らぬわけにはまいりますまい」
「……まあ、ロルフ卿には逃げられてるんですけど、まだ」
「レールザッツでは珍しい、やる気のないぐうたらですからな。だが、あなたなら本気にさせられるやもしれません。サーヴェル家がほしいとよく愚痴っていましたからな。そこを含めて賭けましょう」
これで、三公とも片づけられた。ほっと内心で胸をなで下ろす。
「ヴィッセル殿下は、どうですかな」
「どうもこうも、私は皇帝陛下に従うまでです」
「なるほど。では竜帝陛下――」
だが、本番はここからだ。
イゴールが閉口した。ブルーノが身構え、モーガンが一歩うしろにさがる。
「――どういうことかな、ジル」
三公など敵ではない――この、美しい微笑を浮かべる、竜帝にくらべれば。




