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衛士ばかりだと思っていたが、兵の数が多い。貴族が持つ私軍ほどの規模があるのではないだろうか。しつこく足止めしようとやってくる。
廊下の曲がり角から出てきた兵をソテーが蹴り飛ばし、ハディスぐまを放り投げた。ハディスぐまが動き出して、視界に入る敵を片っ端から殴り飛ばしていく。
「殺すなよ、ソテー! 訓練だからな!」
高らかに鳴いたソテーとハディスぐまに背後をまかせて、ジルは先を進む。
待ち合わせは中庭だ。それらしき場所に出た瞬間、上から槍が降ってきた。よけたジルの足元まで、地面にひびが入る。
「こんな夜の訪問、無礼ですわよ、竜妃殿下」
寝間着姿の女性が、槍をくるりと回してその切っ先を向ける。その動きだけで、他の兵たちとの違いがわかった。
「初めまして、私は第六皇妃――」
「素敵なドレスを有り難うございました!」
名乗る前に飛びかかった。魔力をこめた拳が槍で弾き飛ばされる。やはりただ者ではない。
(そういえばノイトラール出身だったな!)
「ちょっと、名前くらい名乗らせなさいよ!」
「あいにく時間がなくてすみません! カサンドラ様はどこですか!」
むっとした顔は、子どもっぽく見える。もちろん、こちらを押し返す力も魔力も子どもっぽくないが。
「お休み中よ、お引き取り願うわ。――全員、かかれ!」
第六皇妃の号令と一緒に飛びかかってきたのは、全員女性だった。後宮の女官か、実は兵士なのか――いずれにせよノイトラール出身なのだろう。ならば遠慮はいらない。
右手に力をこめて、竜妃の神器を顕現させる。しなる鞭が、爆風をともなって周囲を吹き飛ばした。
「竜妃の神器……っずるい!」
鞭をよけて第六皇妃が叫ぶ。だが懐に入りこんだジルは、冷たく言い返した。
「実力だ」
腹に一撃、叩き込む。屋敷の壁に激突した第六皇妃は、そのままずるずると芝生に腰を落とした。悔しげな顔の横、壁に靴裏を叩きつけて、見下ろす。
「カサンドラ様はどこだ、言え」
「い、言わないわ」
「手加減してやったのがわからないか? わたしは容赦しないぞ」
そこそこ腕に覚えがあるようだが、所詮、ちょっと魔力があって強いお嬢様だ。強がっていても瞳の奥の震えまでは隠せない。さて、どう口をわらせるか――そう考えたときだった。
「おやめください、竜妃殿下。私はここにおります」
「カサンドラ様!」
悲鳴のように第六皇妃が声をあげる。
ジルは振り返って、途中でまばたいた。
カサンドラは、両膝をつくほど深く、平伏していた。
「……なんの真似ですか」
「今回の陛下への毒殺は、私のたくらみによるものです」
淡々と、抑揚のない声が響く。そんな、と声をあげかけた第六皇妃も、目線だけで黙らせてしまった。
「後宮の者たちは私の指示に従ったまで。責めは私ひとりにあります。どうぞお慈悲を」
「……あなたが犯人? 冗談でしょう」
「事実でございます」
すっと顔をあげて、姿勢をまっすぐ伸ばす。毅然としていた。憎たらしいほどに。
「動機は?」
「逆恨みです。息子も娘も、呪いとやらで亡くしました。愚かなことをしました。そんなことをしてもあの子たちは帰ってきません」
まるで台本かなにかのように読み上げる。
「……そんなふうに言うかもしれないって思ってました。あなたなら」
短いつきあいだが、それでもわかることはある。カサンドラは皇妃だ。
皇帝を支え後宮を守る――自分の役目を投げ出さない、皇妃の鑑だ。
「前皇帝を突き出す気はないんですね」
「あの方は何も関係ありません」
「手紙があります。私に届けられた恋文。――あれは、前皇帝が書いたものでしょう。わたしと陛下の不和を狙ったのか、なんにせよ陛下に対する害意を示してます」
「そのような手紙が公になれば、竜妃殿下にも疵が付きますよ。道ならぬ恋に溺れ、陛下を害そうとしたのだと」
「あまりわたしを怒らせるのは得策ではないですよ。既に前皇帝は、私の部下たちが後宮から連れ出しています」
はっとカサンドラが息を呑んだ。ジルは淡々と続けた。
「わたしが後宮に乗りこんできたら、監視の目もゆるくなります。まさか、本当にわたしが怒りにまかせて突撃してきたとでも思いました? あまりなめないでほしいですね」
鼻で笑い、ジルは正面からカサンドラに向き直る。
「そろそろ負けを認めてもらいます」
「……竜妃殿下。よく考えてくださいませ。真実を明るみにしあの方を裁いたとしても、誰も得などしません。竜帝陛下もです」
たしなめるような言い方が、癇に障った。静かにカサンドラをにらむ。
「陛下のことを知ったように言うな」
「お怒りはごもっともです。ですがここは陛下のためにも――」
「言えるわけがないだろう陛下に、あなたの命を狙ってるのは父親だなんて!」
カサンドラが両目を見開いた。
「陛下は笑って平気だと言うでしょう。それを信じろとでも? 一度は父親だと思った人間にここまで悪意を向けられて、傷つかないわけあるか!」
さめた目で、ジルはつかつかとカサンドラに近寄った。
「あと、まだあなたは勘違いしてます。決めるのはわたしですよ」
「……竜妃殿下、私は」
「助けてあげます」
笑顔で告げた。カサンドラが初めて動揺を見せる。
「よく考えてください。うまくあなただけ処分したとして、そのあとどうなりますか? あなたを慕う他の皇妃たちはわたしにますます非協力的になるでしょう。竜の花冠祭はぐだぐだになり、陛下の評判は地におちる。それはわたしの望みに反します」
「そ、れは……そのようにならないよう、できるだけのことを」
「逃がしませんよ」
まるでか弱い乙女のように、カサンドラの瞳が震えている。脅えるなんて失礼だ。こんなに優しくしているのに――決して、刃向かうことは許さないけれど。
「わたしの言うとおりにしてください。そうすれば、あなたも、後宮のお妃様たちも、前皇帝のことも、うまく陛下に取りなしてあげます」
「――そ、そんなことが、できるわけがありません。三公の目もあります。それに……」
「おお、カサンドラ! ここにいたのか――なんだ、この有り様は?」
はっとカサンドラが、第六皇妃が、男の声に振り向いた。
 




