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「担がれること自体……ですか?」

「そう。たとえば、クレイトスで何か調べたいとかですね。担がれるということは、利用価値がある間はクレイトスでの安全なり権力なりが保障されます。私が担がれた時点で、開戦も決まります。色々起こるでしょう。混乱の最中であれば、動きも隠せますし、あぶり出しもできる」


 あ、とひらめいたことは、そのまま言葉になった。


「……ナターリエ殿下の事件を調べに……?」


 一度目の人生で、ナターリエの生死はわからないまま終わった。クレイトスもラーヴェも互いに責任を押しつけ合うばかりだった。それに憤っていたのだとしたら――


「――ナターリエが、なんですって?」

「あっいえなんでもないです!」


 ぶんぶん首を横に振って、湯気があがらなくなった薬湯を飲む。マイナードはこちらを見ていたが、何も言わず別のカップに水筒から薬湯を注いで口をつけた。


(あぶないあぶない。でもこのひと、ナターリエ殿下のことお礼に言いにきたの、嘘じゃなさそうだし……ひょっとして妹思いのいいお兄ちゃんなのか。うーん……だからって手段を選ばないのはどうかと……ライカだってめちゃくちゃになりかけたわけで……)


「竜妃殿下は、未来でも視えるんですか?」


 焦ってカップを落としかけた。


「そ、そそそんなことあるわけないでしょう!?」

「本気で言ってるわけではないですが……でも、不思議な御方だ。いったい、どこまで何を気づかれているやら」


 ふふ、と声を立てる含み笑いは、いかにも何かたくらんでいる。でも、決して自分を信じるな疑え――と忠告されている気もする。


「余計なことまでしゃべってしまいそうです。話しやすいんでしょうね。アルノルトのこともそうです」

「……わたし、知らないですけど」

「だからですよ。お前が死ねばよかったのに、と私に考えもしないでしょう」


 ぎょっとした。だがマイナードは涼しい顔だ。言われ慣れているのだろう。


「竜の花冠祭、初めてでらっしゃるんですよね。でも後ろ盾のないあなたは後宮に協力を仰げない。どうせ第一皇妃あたりが絶妙に邪魔をしてきてるんでしょう」

「なんでわかるんですか……」

「私は後宮生まれの後宮育ちですよ。どうですか、協力しませんか。後宮にうごめく陰謀を一緒に暴きましょう」

「それ、利用したいの言い換えですよね」

「ああ、どうして私はこう誤解されてしまうのか……」


 大袈裟に天を仰いで嘆いてみせるからだ。


「じゃあ聞きますけど、なんで前皇帝の居場所を知りたいんですか?」

「久々に親子の語らいをしたくて……拳を握らないでください、冗談です」

「冗談じゃなくて嘘ですよね、ただの。まさか前皇帝はクレイトスと、まだ何かつながりがあるんですか」


 目を丸くしたあと、マイナードは感心したようにつぶやいた。


「竜妃殿下は思ったより考えていらっしゃる……」

「馬鹿にしてますよね、完全に、わたしを! クレイトスの親善大使がクレイトスよりだった前皇帝に会いたいって、もう見るからにあやしいじゃないですか!」

「残念、因果関係が逆です。前皇帝に会いたいから、親善大使を引き受けたんですよ。クレイトスは前皇帝の存在など忘れていますよ。ですので、理由は個人的なことです。母との手紙のやり取りで、気になるところがあってね」

「手紙? やり取りがあったんですか。帝城を出たあとも?」


 夜逃げしたと聞いていたから、ナターリエ含めてっきり没交渉だと思っていた。


「――ああ、おしゃべりはここまでです。きましたよ」


 はっとジルは視線をローのほうに戻した。ローは既に絵本に飽きたのか、周囲の花を摘んで集めていた。その背後、ひゅっと消えたり出てきたりする妙な塊がある。匍匐前進で近づいてきているらしい。花畑に溶け込むよう、衣装はもちろん髪の毛の色を染めてきたようだった。


「そ、そこまでして近くで見たいものなんですか、ローが……」

「金目黒竜ですから。さて、準備はいいですか竜妃殿下。騎士様たちに合図を送りますよ」

「もちろん。あなたは?」

「愚問です」


 白い手袋を付け直し、マイナードが笑う。

 名も知らぬ老人が、籠の中に花を入れたローの背中目がけて飛びかかった。まずはカミラが石つぶてでその動きを止め、すかさず飛び出したジークが、もう体勢をととのえている老人に向かって小瓶を投げた。む、と老人が眉をひそめる。


「いったいなんの真似――」


 小瓶が地面に落ちる直前、老人の脇をすり抜け、ジルはローを抱いてその場から離れた。


「うっきゅううう!」


 待ってましたとばかりにローが抱きつく。嬉しそうだ。

 老人は自分をつかまえず離れたジルたちを怪訝そうに見ていたが、そのときにはもう小瓶が地面に落ちて、音を立ててわれた。

 ぶあっとその場に広がった匂いに、老人が顔色を変える。


「しまっ……催涙……っ!」


 外なので一瞬でその匂いは霧散するが、もろにあびればしばらくは目がつかえない。よろめいた老人のふくらはぎに、細い針が刺さった。がくり、と老人の膝から力が抜ける。


「薬は魔力とは違って気配がないですからね。竜妃殿下の魔力を警戒すると、こういう単純な手に引っかかりやすくなる……とあなたに説明するのは、野暮ですね」

「……っ、お前、ひょっとして、毒草小僧か……っ」

「おや、私を覚えていてくださったとは」


 ジークが老人を起こして針を抜き、カミラが持ってきた荒縄でぐるぐる巻きに縛る。


「おい、丁寧に扱わんか! こっちはか弱い老人じゃぞ!」

「何がか弱い老人だ、一服盛られてんのにぴんぴんしてんじゃねえか!」

「魔力で毒を分解してるんですよ。そんなに強い薬でもないですしね。暴れるようでしたら追加で嗅がせてください」


 マイナードから小瓶とハンカチをジークが受け取る。老人が舌打ちした。


「これだから最近の若モンは! 敬意がたらん! 嘆かわしい!」

「はいはいおじいちゃん、ここに座りましょうね。お話があるのよ」


 後ろ手にがっちり縛られた老人を、先ほどまでローがピクニックしていたシートの上に座らせる。くそ、と老人が毒づいた。


「罠だとわかっとったのに……! つい、本物の金目の黒竜かどうか気になって!」

「本物ですよ」


 ローを抱いたまま、ジルもその場に戻る。ジルの腕に抱かれたもこもこのローを見て、老人は一瞬目を輝かせたが、すぐにそっぽを向いた。


「そんなちゃらちゃらした格好のちっこい竜が金目黒竜などと、信じられるか! 信じてほしければそいつをこっちによこせ、さあ!」

「別に信じてもらわなくていいです」

「なんだと! 金目の黒竜だぞ! 記録では三百年ぶりじゃぞ! どれだけ貴重なのかわかっとらんのか、そんな奴の手に渡せんさあ今すぐ見せろそら見せろ!」


 ああ言えばこう言う。


「本物だってわかってるじゃないですか……あなたのお名前は?」

「そんなもん忘れた!」


 そのくせ、肝心な応答はしない。


「名前くらい教えてくれてもいいじゃないですか。あなたに聞きたいことがあるんです」

「儂には何にもないわ、このぺったんこ」

「ジルちゃん! ジルちゃん、落ち着いて! 殺すのは情報吐かせてからよ!」

「先帝の居場所を教えてください。あなたならご存じでしょう」


 そっぽを向いていた老人が、マイナードの質問に少しだけ視線をこちらに戻した。


「なんだ、お前。父親を暗殺しに戻ってきたのか」


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― 新着の感想 ―
[一言] なんでそれを?
[一言] おっと、キナ臭くなって来ましたね
[一言] ふくらはぎ蔵に痺れ針がっ! コミックスから入りました、楽しく拝読しております!
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