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待てよ、と声をかけると、騎士に囲まれた異母兄が足を止めて振り向いた。おや、と目元をゆるめる様は優しそうで、いかにもうさんくさい。
「ルティーヤ。私に近づきすぎると、ヴィッセルに怒られてしまうよ」
「僕を最初にあの場に呼んで使ったのはあっちだよ、知るもんか」
「ここでうまくやってるんだね、よかった」
ルティーヤが横に並ぶのを待って、マイナードは歩き出す。
「ライカ大公国にいた頃の君は、そんなふうに年上に甘えなかっただろう。ヴィッセルも君を信用しているから、放置してるんだ。あの子は怖がりだからね、すぐに先回りして怖そうなものをつぶしてまわる」
「……あんたがいじめたせいじゃねーの、それ」
「私としては、怖いものの見分け方を教えたつもりなんだけどね。そうかもしれないな」
言うと決めたことは言わないと、巧みな話術に流されてしまう。深呼吸した。
「さっきの、ライカ大公――お祖父様の件だけど。僕は、恨んでないから」
マイナードが視線だけをよこした。祖父が踏むことのなかった豪奢な絨毯を踏みしめ、ルティーヤは続ける。
「お祖父様はもう、だめだった。ラーヴェ帝国にどうにか一矢報いてやろうって、そればっかりで、あのままいけばまた騒動を起こしてた。ライカの、もっと色んな人を巻きこんで」
「だから、私に感謝してると?」
「……ううん、言い訳だ。僕はもう、お祖父様にうんざりしてた。死ねばいいのにって思ってたよ、心のどっかで。そういう自分も、最悪だなって思うけど……」
ジルには言えないな、と心のどこかで苦笑する。悲しませてしまいそうだ。
「だとしたら、私はライカ大公を救ってしまったのかもしれないね。孫に復讐されて死ぬのがふさわしかっただろうに」
「――あんたは、僕がそうならないようにしてくれたのかなって」
言ってから、自分で笑ってしまう。
「うまく言えない。でも、僕は……お祖父様が死んで、ちゃんと、悲しい気もしてるから」
「それはよかった。親を殺せる日を指折り待つ子どもの生き方は、悲しいからね」
「そういうことがわかるあんたこそが、そうなのかなって、気になったんだ」
マイナードが足を止めた。
「なんかあったら、ちゃんと言えよ。……士官学校に送り出してくれた借りは返す」
ルティーヤを祖父の目の届かない場所へと送り出してくれたのは、この兄だ。打算込みであっても感謝している。
「……だったらお言葉に甘えて。竜妃殿下に会いたいんだけど、どんな御方かな」
「どんなって……見たんじゃないの、ライカで。学級対抗戦」
「そうか……あれはやっぱり本物だったのか……あれは、なかなか難しそうだね」
嫌そうな顔をしている。なんだかおかしくなってしまった。
「なんだよ。かなわないって? でもナターリエとフリーダを助けたのはジル先生――っ」
途中でどん、と突き飛ばされた。つんのめったルティーヤは怒ろうとして、目を丸める。
開いた窓にマイナードが足をかけて、外に飛び出していた。
「ヴィッセルに怒られる役をよろしく」
ここは三階だ。だがマイナードは器用に、近くの木につかまって地上に降りてしまう。
真っ青になった騎士たちが慌てて声をあげ、駆け出した。
(お言葉に甘えてってそういうことかよ)
ルティーヤは窓枠に身を乗り出し、マイナードの姿がどこにも見えないことを確認して、嘆息する。
「ジル先生に近寄って怒るのは、ハディス兄上だっての……」




