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ルティーヤのまっすぐな問いに、マイナードは大袈裟にまばたいて見せた。
「私が? まさか犯人だと疑われているのかな。昨夜、ラーエルムについたばかりだよ」
「竜葬の花畑、とかいうところにおりてきたんだろ。後宮だよな。ナターリエが襲われたのも後宮だ。偶然とか、ありえないんだけど」
「残念ながら偶然だよ。……そうか、ナターリエは後宮にいたのか」
「そもそもなんであんな場所におりてきたんだよ。仮にも親善大使だろ。誰かと待ち合わせしてたんじゃないのか」
「はずれ。時間が時間だっただろう? あそこなら騒がれないと思っただけだよ」
「そんな言い訳通じるか! ジル先生がいなかったら、ナターリエもフリーダも怪我してたかもしれないんだぞ、正直に答え――」
「乗ってきた竜か?」
口を動かしたハディスに、驚いたようにマイナードがこちらを向いた。素の表情だな、と思いながらハディスは問いかける。
「あの竜を、人目につかせたくなくて、あそこにおりたんじゃないのか」
ラーヴェに答えなかったあの竜を、マイナードに気を取られてすぐに追わなかったのは失敗だった。マイナードの挨拶を受け、ラーヴェが捜しに飛んだときにはもう、どこにも姿が見えなかった。帝都周辺の竜に尋ねても、見ていないという。
逆説的にあまり遠くには行ってないのだろうが、忽然と姿を消したのが不気味だ。しかも、ラーヴェに答えないというのは、ライカ大公国であった竜の暴走を思い出させる。
竜神、あるいは竜帝に従わない竜の存在は、理に反する。
そして、理に反することは、ラーヴェの神格に関わる。
「……本当はね、誰かと待ち合わせしてたんだよ。誰かは言えないけれど」
竜のことを隠したいのか、それとも待ち合わせが本当なのか、うまく疑惑をまぜっかえす返事だ。この男は本当に、誤魔化すのがうまい。
「さて、そろそろお暇しようかな。ライカ、クレイトス、ラーエルムと移動ばかりで疲れていてね。――ああ、心配しなくても用意された部屋でおとなしくしているよ」
きちんと最後まで飲んだカップをソーサーに置いて、マイナードが微笑む。
「謁見の時間が決まったら教えておくれ。もちろん、ジェラルド王子と面会させてもらえるなら喜んで引き受けるよ。話すことなんて、女王即位のお知らせくらいしかないけれど。そういえばジェラルド王子には女王の件、伝わっているのかな?」
「……」
「じゃあ、お互い話せることは話したということで」
「――ライカ大公……祖父様は、なんで死んだんだ」
立ち上がろうとしたマイナードが、ルティーヤを見た。
「あんたが殺したのか? ナターリエの母親……コルネリア元皇妃の行方もわかんないって聞いた。それも、あんたが何かやったのか」
マイナードが嘲るように、頬を緩める。
「――驚いた。まさか私ではないと思う余地があるのかな?」
「返事になってない!」
「私だよ」
食い下がろうとしたルティーヤが押し黙る。少なからずショックを受けているようだ。なんだかんだ純真なルティーヤに、ハディスは嘆息した。
「これで満足かな。また何かあれば遠慮なく話しかけて」
「でもルドガー兄上は信じてないよ」
今度はマイナードのほうが口をつぐんだ。
「アルノルト兄上、だっけ? そのひとが目指したものを台無しにするような奴じゃない、みたいなこと言ってたよ」
「……。相変わらずあのひとは、おめでたい。だから皇位継承権も平気で捨てる」
不愉快そうに眉根をよせて、マイナードが踵を返した。ヴィッセルがテーブルのほうを向いたままその背に声をかける。
「どうぞゆるりとご滞在ください。あなたがリステアードにどんな顔で挨拶するのかは、見てみたいですから」
「奇遇だね」
扉の取っ手に手をかけ、マイナードが微笑み返す。
「私もお悔やみ申し上げたらどんな顔であの子が私に挨拶を返すのか、楽しみだよ」
マイナードは長い髪をなびかせ、退室してしまった。ルティーヤが立ち上がる。
「僕、部屋までついてく」
「ノイトラールの連中が見張りについてる。余計なことはするな」
「でも、何かわかるかもしれないじゃないか」
そう言って出ていく末の弟を、ヴィッセルは引き止めなかった。ハディスは冷め切った紅茶に手を伸ばす。
「頭のいいひとだね。こっちの対応を見透かしてる」
「性格は最悪だがな。……ラーヴェ帝国の両翼になると言われていた人物だ」
その両翼のひとつは、アルノルトだったのだろう。
「あのひとが味方につけば、ヴィッセル兄上は助かる?」
「余計なことは考えなくていい、ハディス。あれは毒のような奴だ、近づくな」
いつもより硬質な声色で、ヴィッセルが切り捨てる。ふうっとハディスは肩から息を吐き出した。
クレイトスへの対応、女王即位の報告、ジェラルド王子の扱い――マイナードの提示した案は、当面をしのぎたいハディスたちの妥協点とほぼ重なる。どうも全面戦争をするためにやってきたのではないとわかったのも、収穫だった。
(竜のことはいったん置いておくしかないか……)
(だなー。ローにも注意するよう言ったし、他の竜も見張ってるし)
人目が少なくなったからか、ラーヴェは菓子皿から堂々とケーキをかじっている。マイナードの訪問にくわえ、後宮で何が起こっているのかもわからないし、竜の花冠祭がどうなるのかも見当がつかない。問題は山積みなのにいいご身分だ。
「ジルの評判もあるしなあ……全部一発で解決できる方法ないかなー……」
「そこは竜妃の責任だ。失敗したら全部竜妃の責任にすればいい」
「でも、ジルが食料庫をからにしたとかあのあたりの噂、半分くらいはヴィッセル兄上の責任だよね? わざと放置したんでしょ」
ヴィッセルが笑顔でこちらを見た。
「火のないところに煙は立たないというじゃないか。さて、そろそろ会議だ。さっきの話を三公に通すぞ。そのあとは昼食、衣装合わせをして、パレードの手順確認だ」
「なら、午後からはジルも一緒?」
前回の嫌がらせがある。すれ違いを懸念するハディスに、ヴィッセルが口角を持ちあげる。
「ご一緒できるかどうか。せいぜい、竜妃のお手並みを拝見するとしよう」
完全に嫁をいびる舅の顔だ。衣装合わせはすれ違いで終わりそうだった。




