16
謹慎とは言っているが、まるで罪人のように荒縄をかけられるフィーネの姿に、ナターリエは叫ぶ。
「待って……待ちなさい! 私は何も、そんなつもりじゃ――」
「お黙りなさい、後宮で小娘にかばわれるなど皇妃の恥!」
当の本人のフィーネに一喝され、ナターリエはすくみ上がった。フィーネに縄をかけた衛士もたじろいでいる。
動じていないのは、カサンドラだけだ。
「立派な物言いですが、結果は変わりません。つれていきなさい」
「まあ……ひどい、カサンドラ様。私はお味方ですのに」
「ぬけぬけと、女狐妃はよくしゃべること」
「姉を押しのけてお前がそうなれと、後宮にきたばかりで泣いていただけの私に皇妃のあり方を教えてくださったのは、あなたではありませんか」
「では、メルオニス様の皇妃にふさわしい働きをしたと?」
カサンドラの声色に、冷ややかなものがまざった。堂々とフィーネが答える。
「もちろんです。謹慎場所は、メルオニス様のところにしていただけると嬉しゅうございますわ。最近、お手紙の返事もいただけなくて――」
「しゃべらせるな、つれていけ!」
初めてカサンドラが声を荒らげた。衛士たちがフィーネに手を伸ばす。
「さわるな、無礼者! ――自分で歩けますわ」
優雅に微笑んで、フィーネが歩き出す。そしてナターリエにも、フリーダにすら一瞥もせず毅然と顔をあげたまま、衛士に囲まれて部屋から出ていく。
「ナターリエ殿下、フリーダ殿下はお引き取りください」
「……フィーネ様をどうするつもりなの」
「後宮の問題です。皇妹だからと、みだりに口出しなさらぬよう」
「な、ならっ、ジルおねえさまの、お祭りへの協力は……っ」
「フィーネにかわり、私が引き受けましょう」
とりつく島のなさに、悔しそうにフリーダが唇を引き結んでうつむいた。ナターリエも同じ気持ちだ。だが、カサンドラの言い分は正しい。
あらかじめ予定されていたのか、カサンドラが何を言うでもなく、部屋の中の家捜しが始まっていた。これも止められない。
――何か、皇妹としてカサンドラにも要求できることがあるとすれば。
「……なら、お父様に会わせて」
カサンドラの眉尻が動いた。確信はない。でもここだと信じて、ナターリエは切り込む。
「フィーネ様の一件、私からお話しします。お父様に会わせなさい」
「私はあなた方が後宮へ立ち入ることを許可していません。なのに――誰があなたたちをここへ通しましたか?」
「誰でもないわ、話を誤魔化さないで! お父様への面会はあなたでも止める権利はない」
「門には、見張りの衛士がいたはずですね」
カサンドラが示唆しているかわかって、ナターリエは息を詰める。カサンドラは素っ気ない。
「かばい立てしても、誰かは調べればすぐわかることですが」
「わ、私が振り切って入ったのよ、門番は悪くないわ!」
「でしたらお引き取りを」
無情に、カサンドラが言い切った。
「衛士ひとり切り捨てられぬ甘い考えで、後宮の問題に立ち入るのはおすすめしません」
こう言えばナターリエとフリーダが引くとわかっている、そういう声音だった。
「ナターリエ殿下とフリーダ殿下をお送りしなさい」
カサンドラに顎で示された衛士たちに囲まれた。ナターリエはフリーダと追い立てられるように部屋から追い出され、後宮の出入り口になる門まで追い立てられる。
「……おかあさまは、だいじょうぶ」
小さく、言い聞かせるようにフリーダがつぶやくのが聞こえた。
「だいじょうぶ。……かんがえ、なきゃ。おかあさまが、何を、してたか……」
ぎゅっとナターリエはフリーダと手をつないだ。そうだ、今となってはフィーネの言動から考えるしかない。そのときだった。
いきなり背後にいた衛士が、倒れた。次に、横にいた衛士も。
「お前、いったい何を――ぐぁっ!」
「ナターリエおねえさま、にげて!」
「フリーダ!」
ナターリエを突き飛ばしたフリーダが、殴り飛ばされた衛士に巻きこまれて倒れた。小さく悲鳴をあげたナターリエの前を、衛士の格好をした襲撃者がはばむ。ちょうど視線と同じ高さに、赤い血が滴る短剣があった。ごくりと喉が鳴る。
「ナターリエ殿下、お迎えにあがりました」
「……私?」
今、良くも悪くも注目を浴びているのは、竜妃と、竜の花冠祭に抜擢された女性たちだ。自分が狙われる理由がわからず怪訝に問い返してしまう。皇妹というならば、衛士の下敷きになって動けないフリーダでもいいはず。
だが、襲撃者は、尻餅をついたナターリエから目をそらさない。
「脅えることはありません。ただ一緒にきていただければ――」
「ッコケーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
雄叫びに似た鳴き声が天井に反響し、ナターリエの頭上を白い塊が弾丸のように吹き抜けていった。襲撃者が顔面に蹴りを入れられ、沈む。衛士の下から這い出てきたフリーダが、ぱあっと顔を輝かせた。
「ソテー!」
竜妃の軍鶏が倒れた襲撃者を踏みつけ、両羽を広げて胸を張る。
「ナターリエ殿下、フリーダ殿下! 無事ですか!?」
「ジル……!」
背後からの声に不覚にも泣き出しそうになってしまった。正面からも、鶏の声を聞きつけたのか衛士たちがやってくる。
だが安堵したナターリエの目の前で、ソテーに踏まれた襲撃者が血を吐き出した。ひっとフリーダが喉を鳴らす。
――毒を飲んだのだ。
ころころと、蓋の開いた小瓶が床を転がった。ナターリエのかたわらにやってきたジルが、小瓶を拾い上げる。
「……大丈夫ですか。怪我は?」
ジルは冷静だ。ナターリエは腹に力をこめて、頷く。
「――だ、だい、大丈夫よ。どう、したの。あなた、竜妃宮にいるんじゃ……」
めまぐるしい展開に現実味がないせいで、どうでもいいことを尋ねてしまう。だが、ナターリエに手を貸したジルが、そのまま黙ってしまった。
嫌な予感がした。
「……何かあったのね?」
言いよどむジルの表情には、躊躇があった。けれど小さくても決断ができる竜妃は、ナターリエの目を見て、教えてくれる。
「マイナード殿下が、いらっしゃったんです。クレイトスの親善大使として」
意味がよくわからず、反応が遅れた。マイナード。兄の名前だ。
ソテーに助けられて立ち上がろうとしたまま、フリーダも固まっている。
「今、陛下が三公を呼び出して情報を集めてます。ひとまず顔合わせは明日ってことになったんですけど、ナターリエ殿下に会いたがってるみたいで、どうしようかと――」
説明が耳に入ってくるが、頭にはうまく入ってこない。
ただどうしてだか、竜の乙女役をやりたがったナターリエに兄が作ってくれた綺麗な花冠のことを思い出していた。
あの花冠は、いったいどこにいってしまったのだろう。
 




