11
フィーネが立ち去ったあと、ひとりきりの花畑でジルは嘆息する。
(な、なんか結局いいように使われている気がするが……)
そっとポケットの上から、今朝慌てて突っこんだカードに触れる。
都合がいいと言えばいい。竜葬の花畑を指定するこの手紙のことを調べる機会にもなる。第一皇妃が本当にここに通っているのなら、無関係ではない可能性もある。
気を取り直して、ジルは花畑に踏み出した。埋もれている通路を辿り、竜妃宮の前に立つ。
改めて玄関口から宮殿を見あげる。くすんだ色の壁に囲われた、重そうな両開きの扉は、妙に物々しい。
(な、なんか、あれだ。砦っぽいなあ……あ、鍵あいてる)
扉をあけた瞬間、黴っぽいにおいがして顔をしかめてしまった。灯りはなく、薄暗い。窓から差し込む日光がよどんでいる。硝子が曇っているのだ。大理石の床も、薄汚れている。
三百年放置されていることを考えれば、まだ綺麗なほうだろうか。いやでも、管理人がいるとフィーネは言っていた。
「お邪魔しまーす……?」
そろそろ足を踏み出すと、埃が舞うのが見えた。吸い込まないよう気をつけながらすり足で進む。ぎいい、と嫌な音を立てて無骨な扉が背後で閉まる。
ぱかっといきなり、床が開いた。
「!?」
咄嗟に腕を伸ばして開いた床の縁をつかむ。下を見ると、槍やら剣やら刃物が突き立てられているのが見えた。間に見える白いものや突き刺さっている汚れた端布にぞっとしながら、両腕に力をこめて体を持ち上げて床にあがる。
その頭上を、矢がかすめていった。
「こ、今度は何だ!?」
「何者じゃあ、小娘!」
吹き抜けの広間を震わせるような大声だった。階段上の踊り場に、弓を構えている人影を見つける。小柄な老人だった。くすんだ色合いの簡素な上下の服に、防寒用なのかマントを羽織っている。しわの深い目尻をこれでもかというほど吊り上げて、こちらに弓を向けていた。
「あ、ひょっとして管理人さんですか」
「何しにきた、出ていけ!」
叫ぶなり放たれた矢が足元に刺さる。そのまま次々降ってくる矢に、ジルはあとずさる。
「ま、待ってください、わたしは――って全然当たらないな!? 下手くそか!」
「やかましいわ! あと一歩じゃ!」
「は?」
聞き返した瞬間、何か踏んだ。床が光り、魔力の縄が籠を編むように四方から飛んでくる。
(――捕縛結界! 矢は誘導!)
しゃがれた笑い声が響く。
「ざまあみろ、儂の読み勝ち――」
拳を突き上げて、真ん中から魔力の籠を突き破った。魔法陣が霧散し、老人の笑い声が止まる。
「……」
「あ、あの、管理人さんですか。わたし、竜妃、なんですが……」
「………………………………竜妃、じゃと」
「そうです。ジル・サーヴェルといいます」
「――そんなもん知るか!」
堂々と仁王立ちで言い放たれた。
「ここは儂の住んどる場所じゃ! 出ていけ!」
「は――はあ!? いえここ竜妃の宮殿ですよね、竜妃宮ですよね!」
「知らんもんは知らん! 大体、お前みたいな乳臭い小娘が竜妃なわけがない!」
ぴく、と口元が引きつった。
「いいか、竜妃というのはボインボインなんじゃ! それが儂の求める竜妃なんじゃ! お前みたいな小娘が竜妃だなんぞ、絶対認めんぞ! 魔力だけボインボインさせおって」
べーっと舌を出されて、青筋が浮く。
(誰だ、こんな奴を管理人にしたの)
今まで散々舐められてきたが、こんな馬鹿げた理由にぶち当たったことはなかった。それだけになかなか新鮮だ。ジルはぼきりと拳を鳴らす。
「上等だ、わたしが竜妃だと思い知らせてやる……!」
「くるがいい、ぺったんこ!」
「誰がぺったんこだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
激昂したジルは飛びかかる。名前も知らぬ老人はひるまず、上に弓を放ち、鉄球を上から落とした。
 




